緋弾のアリア〜影の武偵〜

□Bullet48
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あの夢であってほしい変装食堂の衣装決めから数日。その衣装の準備の締め切りが明日と迫った今日は、その仕上げを行うためにみんなで教室に集まって徹夜で作業する伝統行事となっている。
衣装の締め切りは文化祭より大分前に設定されているのだが、その締め切りに間に合わなければ命がないので、みんな死に物狂いで教室に集まっていた。
そんなやつらで賑わう夜9時過ぎの教室には、すでに衣装を着て歩き回るやつらもいて、パッと見でどこかのコスプレパーティーである。

それらを他所にオレも先日幸姉から取り寄せた着物を持って、お手伝いの幸帆と一緒に適当な場所を陣取って着替えを開始。これが人生初の女装になる。

制服を脱ぎ、取り出した着物を羽織って身を包むと、手際のいい幸帆がササッと結んで帯を締めてくれる。うぐっ、ちょっと苦しい。こんなのを女性は着てんのか。
一応女装の指定なので、胸の辺りにパットを仕込んで立体感を出してみたが、嫌だなぁ。
着付けが終わって、足袋を履いて下駄を履くと、それだけでそれなりになってしまった自分に鬱になりそう。


「京様、これだけでもなんとかなりそうな気がしてきます」


「なってたまるか。ただ着物着ただけだ。髪も顔も男そのものだろ。それに褒め言葉になってない」


そんな幸帆の戯言を流しつつ、再び椅子に座って今度は化粧。ここから本格的に女装が始まるわけだな。
物凄くテンションの落ち始めたオレに対して、俄然やる気を出し始めた幸帆は、よくわからない化粧道具をシャキーン! と効果音の鳴りそうな手付きで持つと「動かないでください」の言葉を最後に真剣な顔付きで作業を開始した。その間何もできないオレは、目だけ動かして周りの様子をうかがってみる。

視界にまず入ってきたのは、白いブラウスに濃紺のタイトスカートを着た白雪。聞いた話では『教師』らしく、黒縁メガネもかけてなかなか様になってる。雰囲気も『優しい先生』って感じか。
その白雪の近くに丁度キンジのやつがやって来て、何やら話をし始めた。その時の白雪がとにかく幸せそうにしてるので、アリア関連の話題ではなさそうだ。そういやアリアさんの姿がないな。あと理子も。まぁ、アリアはオレと同じハズレを引いてるからな。準備するのも身を裂く思いなんだろう。

アリアのことはさておいて、次に目に入ったのは、その近くで座っていたレキ。レキは確か『研究所職員』だったかで、今も制服の上に白衣を羽織ってブラウスをチクチク縫っていた。それにしても気配が希薄だ。このオレが視認しないとハッキリ存在を確認できない。あれは諜報科でも十分通用する。気配のコントロールに関してはだが。
そのレキに対して、白雪との会話をやめた――白雪が何やら独り言を言い始めてるので推測――らしいキンジが、近くに置いてあったメガネを作業中にも関わらずレキにかける。邪魔してやるなよ。微動だにしてないけど。

それから女子の着替えを何とかして覗こうとする消防士姿の武藤や黙々と衣装を縫っているあややを見ていたら、「みんな、おっはよー!」とガンマン姿の理子が現れた。どうしたらあんなテンションを維持できるのか不思議でならない。もう夜の10時だぞ。
テンガロンハットを被ってへそ丸出しのブラウスを着て、革のチョッキとブーツ。デニムのミニスカートと実に理子らしいガンマン姿でまた似合っているのがちょっとムカつく。いいよな。ノリノリで着れる衣装が当たって。


「ほら早く! 絶対ウケるって! 可愛いは正義だよ!」


ドア前で誰かの腕を引っ張る理子は、言いながら超笑顔で教室へその人物を引き入れていく。それに抵抗をするように、廊下からは恐ろしく高い声で聞こえてくる。この超音波みたいな声、双剣双銃様か。
ズルズルと引きずられてきた人物、アリアは、ようやく見えてきた足に真っ赤なストラップシューズにピンクと白のしましまソックスを履いていて、それだけでもう色々と同情する。


「や、や、やっぱり! いーーやーーよーーッ!」


そしてアリアの全身が見えてしまい、その姿が明らかになる。
キッズサイズのフリル付きブラウス。ピンクのミニスカート。赤ランドセル。その側面にはリコーダーのホルダーが。しかもここまで着て違和感がほとんどないというのはもう、悲しすぎる。涙が出そうだ。涙が……


「……ぶふっ!」


いかん、口から空気が漏れた。アリアに聞かれて……なさそうだ。危ない。聞かれたら死んでいた。


「京様、動かないでください。もう終わりますから」


アリアの登場で思わず顔が動いてしまい、幸帆に注意されてしまったが、そういえば今のオレはどんな顔にされているのだろうか。舞妓さんみたいに真っ白にされていたら……って、それはないか。
思いつつ、爆発寸前になりながらも大人しくキンジ達の近くに腰を下ろして仕上げに取りかかったアリアを見て、そのアリアを小学生としてからかう理子に呆れつつ見ていると、その視線に気付いたのか、ぐりん! とオレに顔を向けてきて、何か面白いものでも見つけたような満面の笑顔になって愉快にスキップしながら近寄ってきた。来んなよ!


「おや? おやおや? ここにおられるのはかの有名な猿飛キョーやん様ではありませぬか?」


「人違いでは? 私はキョーやんなどではありませんので」


「おっ? おお! なるほどなるほど。すでに役に入ってるわけですな。となるとやっぱり京子ちゃんですか」


「そんなありきたりな名前ではないですよ。と言っても私がつけたわけではないですけど」


「一応、私が『京奈(けいな)』と名付けさせてもらいまし……た……はい、完成です!」


ニヤニヤしながらオレと話す理子が心底ムカつくが、また暴れると綴先生から説教を食らうので、衣装を着たら1時間は役になりきるというあまり強制力もない決まりで開き直って話していたら、丁度幸帆の化粧が終了。その出来映えを確認するためか、理子が真正面に移動して幸帆と一緒にまじまじと見てくる。どうよ?


「京奈ちゃん……いや、京奈さん……これは今の理子では到達できない領域……完敗です……グバッ!!」


「京様……ズルいです……こんなになってしまうなんて……うぅ……」


よくわからないが、オレを見た理子はその場で崩れ落ちて吐血――実際は吐いてないが――し、バシバシ床を叩いていた。割とマジで。
幸帆は口を両手で押さえて何故か泣き始め、次には顔を覆ってしまう。やめろお前ら!


「くすんっ……あ、理子先輩。最後にエクステ付けるんですけど、一緒にやりますか?」


「やるやるー! ぐへへ、こうなったら京奈様をとことん美人さんにしてやるとしますか」


「なんで様付け……そして笑い方が危険だ……危険ですよ、理子」


「ぐへへ、そんなことないよ京奈様ぁ。理子に任せておけば大丈夫。痛くしないからねぇ」


なにコイツ……超怖いんだけど!
そうして目が完全におかしい理子は、幸帆に渡されたエクステを手にオレの後ろへと回り、恐ろしい息づかいでオレの髪をいじり始めた。怖すぎるんですけど!



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