緋弾のアリア〜影の武偵〜

□Bullet50
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有澤燐歌。わずか13歳にして母親が社長を務める化粧品会社において商品開発に携わり、彼女が携わった商品はそのことごとくが大ヒット。主に10代、20代からの支持は驚異的なもので、すでにいくつかのインタビュー記事などで『天才少女』『カリスマ少女』という大文字表記と写真付きで掲載されている。その記事によって世間からその容姿が優れていることを知られ、今年の春からは雑誌モデルもやっているらしい。
歳の離れた2人の姉――長女が25歳。次女が23歳――も同じように会社で実績を残す実力者であったようだが、燐歌には及ばないもので、単純な能力では燐歌が一番。しかし燐歌はまだ14歳の子供で、後継者となる権利があったとしても会社全体を動かすほどの経験も器量も持ち合わせていない――そもそも会社を動かす能力と会社の仕事をこなす能力はイコールではない――というのが現社長の判断であったのだが、上の姉2人が狙い澄ましたように殺害されてしまってはそうも言ってられなくなり、今は会社を挙げて燐歌を社長にするべく動いているらしい。

しかしその実態はどうにも胡散臭いもので、早速翌日の朝から貴希の運転するベンツ――燐歌の専用車――で出社してきた新宿区にある本社ビルに入ったオレと桜ちゃん。貴希は送り迎えだけでさっさと家に帰らされてしまって、居残り組――小鳥と幸帆――と自宅警備に当たってもらっている。
中では入り口で昨日会ったビジネスパートナーだという沙月さんが待ち構えていて、燐歌と2、3言葉を交わしてから早速移動を開始。すれ違う社員は全員が燐歌に対して頭を下げて挨拶をしてくるが、それがオレには『体を装ってる』だけのように見えて気持ち悪かった。結局、会社を挙げて社長にするなんてのは『表の方針』なんだろう。そう思わざるを得なかった。

有澤燐歌は今、試されているのだ。彼女が社長としてその能力がある。或いは持ち得る可能性があるかを見定める期間。それが着任式までのこの1週間というわけ。それが叶わなければ、社内の有能者が抜擢されるというのも、もう全員が周知のことらしい。
そうなればまだ幼い子供である燐歌の下で働くことを快く思わない、または不安に思う社員が出てくるのは必然で、表の方針に反発することも目に見えている。
会社の空気としては、今が一番ギスギスしているのは間違いない。全く関係ないオレですら感じるのだから、直接的に関係のある燐歌本人はそれを間違いなく感じた上で会社に来ているのだから、相当の度胸を持っている。それほどにこの会社に思い入れがあるのか、それとも意地なのか。オレには計り知れないな。

そうして会社のピリピリとした空気を感じながらに上層階の社長室へとやって来たオレ達は、窓のない室内を見回して外部からの攻撃手段がないかを確認し、監視するような機材がないかも調べておいた。
それら全てを終わらせてから、デスクに着いて書類と戦闘を開始していた燐歌を見れば、上っ面だけならそれなりに仕事をこなしてるように見えた。が、


「は? これまだ試験に行ってないの? サンプルくらいまとめて10個くらいやりなさいよ。発売予定日まであと2ヶ月切ってるし、何人で動いてると思ってるのよ。ああ? これ単品じゃインパクトないんだから付属品で客の購買意欲を駆り立てなきゃノルマ越えないっての。香水? 男は大抵キツい香水は嫌いなんだから、そういう『うわ、香水だ』って前面に来るタイプじゃなくて、少し嗅いだら『あ、良い匂い』ってなるさりげない効果でいいの。おしゃれしたい若年層ほどそういうさりげなさを意識しないと売れないっての。開発チームはいつの時代を生きてんのよ」


なんか聞いてると愚痴ばっかりが漏れ聞こえてきて、同じ女性である桜ちゃんでさえそんな愚痴には苦笑していた。


「沙月、これとこの開発はあと3日でサンプル出さなかったら打ち切った方がいいと思うんだけどどう?」


「開発費なども考慮すると打ち切っても赤字は免れません。損失を最小に抑える意味では選択肢としては有りですが、どちらもまだ芽が出る前ですし、燐歌様のお姉様が開発リーダーだったものです。リーダーが替わって落ち着かない中での追い込みは社員のモチベーションにも影響します」


「私ならそんな追い込まれる前にどうにでもできるけど、まぁ沙月の言うモチベーションも大切か。それじゃあこっちの商品は取扱店をもう少し多くして在庫を増しても大丈夫じゃない? 発想と出来は私もそれなりだと思うし」


「どうでしょうか。燐歌様の嗜好は若年層に寄っているので、主観でものを見すぎな気もしますね。スキンケアも年齢によって変わってきますし、年代別に社内で使用感をアンケートしてからでもとは」


それでもちらりと見えてくる能力は歳相応と呼べるものでは決してなく、ちゃんとした個の意思を感じる。それでも至らない部分。それを全面的に支えるのが沙月さんといったところか。話を聞いているだけでも沙月さんが有能なのはわかるしな。


「んー、あとは昼の会議で進展とか報告聞いて詰める感じかしらね。全部把握するのはしんどいわ……。沙月、昼までに要点まとめておいてちょうだい」


そうしてしばらく2人で話し合いをしていたが、1時間くらいしてようやくあらかたの要件に目を通し終わったみたいで、資料を手にした沙月さんはそそくさと社長室を出てどこかへと行ってしまい、1人になった燐歌は大きな伸びをした後に席を立って1つの棚からファイルのようなものを取り出して席へと戻ると、それを広げて何やら始めてしまった。


「京奈、なに突っ立ってるの? こっちに来なさい」


と思ったらいきなりお声がかかったので、何かと思いながら燐歌の側に寄れば、ファイルのようなものの中身は、一般教養の教材。通信教育ってやつか? まぁ燐歌も社長候補と言っても、まだ義務教育期間の年齢だしな。仕方ないといった感じだな。会社で勉強ってのも不思議だが。


「あなた一応高校生でしょ? ちゃんと理解できるように教えなさい」


オレは家庭教師じゃないんだが……。とは思っても誰の目が光ってるわけでもないのに進んで勉強しようとする燐歌になんとなく好感を持てたオレは、少し面倒ながらも無駄に成績の良い一般教科を活かして丁寧に教えていくのだった。



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