緋弾のアリア〜影の武偵〜

□Bullet51
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警護任務の2日目。昨夜の羽鳥との話し合いが心底イラつく結果になったが、それももう過去のこと。しかし話し合い自体は有意義であったのは確かなので、今日からはそれも踏まえた上で動く。

昨夜の話し合いで羽鳥が立てた仮説。それは『有澤燐歌が無事に社長になった場合に得をしようとする人物がいるかもしれない』というもの。
その場合、本来なら容疑者は膨れ上がるため、犯人の特定は難しくなるが、今回の後継者問題においてはその限りではない。何故ならわざわざ社長として立ってもおかしくない年齢に達していた燐歌の2人の姉を殺害してまで幼い燐歌を社長にしようというのだ。それは常識的に考えてかなりのリスクを負うことになる。頑張ってる燐歌には悪いが、下手をすれば会社が一気に傾く危険性もあるのにそれを実行しているのだ。
考えとしてはその危険性が犯人にとってのマイナスにはなり得ないか、或いはその危険性を考慮しても得られる利益の方が魅力的なのか。この辺だろう。

まぁ考え出したらキリがないし、あくまで仮説。考えすぎも良くない。ということで目下、オレも羽鳥もこの仮説において怪しい人物を挙げれば、意見は一致。この件において燐歌が信頼を置く人物というのは、それだけで『疑われなくなる』恩恵を受ける。その恩恵を受けているのは現状でビジネスパートナーである沙月さんだ。
なので今日からは燐歌の護衛に加えて、桜ちゃんに会社内での沙月さんの動向を監視してもらうことにしていた。オレは役割上、燐歌から離れられないからな。桜ちゃんにしか頼めないことだった。
2度目だが、あくまで仮説。沙月さんの潔白が証明されればこの行動も徒労にしかならないし、襲撃自体あったら仮説が崩れ落ちるわけで、その時は羽鳥のやつを鼻で笑ってやるつもりだ。

そんなわけで昨日と同じように会社へと出社したオレ達は、昨日と同じように燐歌の側で警護をしながら、沙月さんにも気を配っていく。
一応、羽鳥との話し合いの後に幸帆に沙月さんの経歴を調べてもらったのだが、どうやらこの人。燐歌のビジネスパートナーになる前。つまりは昨年の春までは燐歌の母親である社長が会社発足の際から側に置いていた部下の1人で、大学時代の2年後輩に当たるみたいだった。
燐歌の2人の姉にもそれぞれビジネスパートナーがいて、そのどちらも沙月さん同様に発足時からの部下で後輩。これは燐歌の母親が意図としてそうしたのは明白だが、社長の娘のお守りのような役回りにされて、果たして納得しているのか疑問はある。

しかし現状、燐歌と仕事の話をする沙月さんからは、その表情、声からもそういった不平不満などの負の感情は汲み取れず、むしろ我が子を思う母親のような優しさを感じる。こういったことでオレを騙せる一般人はそういないとは思うが、一応まだ要警戒。世の中には自分の中でのスイッチみたいなものがあって、それのオンオフで切り替われる人間も少なからずいる。沙月さんがもしそのタイプだとしたら、やはり燐歌から離れた時が狙い目か。社外での沙月さんの監視は羽鳥がやる手はずだが、今頃どこで何をやっているのやら。

そうこうしているうちに時間も昼を過ぎ、昨日の今日でまた上役を集めた会議を開いた燐歌は、なんだなんだと困惑気味の一同を前に堂々と立ち、この会議の前に沙月さんに作らせていた資料を配り終えてから臆することなく話を始めた。


「唐突だけど、この会社の1階フロア全体を自社の製品販売及び試供品のアンケートを行うフロアとするつもり。これによるメリットは沙月、お願い」


ズバン! と言い放ったはいいが、肝心なところは沙月さん任せな燐歌に少しだけ笑いそうになるが、言い終えて満足そうに椅子に座った燐歌は、文句も言わずに話の内容をあらかじめ用意していたホワイトボード――プロジェクターなどは時間的に無理だったため――を燐歌の横まで運んで、そこでクルッと表裏を入れ換えて、裏に簡潔に書いていたことを丁寧に説明し始めた。

この大胆な計画は、現在信頼が二分してしまっている燐歌の社長としての才覚を形として示すための起爆剤のようなもの。時間的にも悠長に仕事をこなしていては、この現状は変わりはしないだろうと、燐歌と沙月さんが頭を抱えて出した1つの決断だった。
ここでこの企画が好印象を持つことができれば、燐歌が会社のことをちゃんと考えて動いていることをわかってもらえる。
そんな燐歌にとって大事な会議で、沙月さんの説明が終わってから端々で近くの人間と小声で話し合う一同を見ながら、燐歌がデメリットがないかという質問をしたところ、やはり突然の企画だったためか意見が飛び交うような展開にはならなく、長々と会議を続けて他に支障が出るのも悪循環。そう判断した燐歌はこの件を1度持ち帰ってもらって、明日にもう1度意見を聞くこととして、あとは小さな報告会のようなことをしてから解散。今日はそのまま終業。しかし大一番となるこの件に不備がないようにと車の中でも沙月さんとの連絡は怠ることはなかった。
会社を出てからは沙月さんの監視の役目は羽鳥へと移ったが、今日の沙月さんを見た限りではこれといって怪しい様子は見えなかったし、燐歌から離れた時間にマークしてくれていた桜ちゃんからも何事もなかったと報告を受けていた 。判断するにはまだ早いが、羽鳥の仮説はなんとなく外れてるような気がしてならいな。今夜の連絡で羽鳥がどんなことを言ってくるのか少し楽しみかもしれない。

この日もずいぶん頭を使ったからなのか、燐歌は食事中に何度か目を擦る仕草を見せたり、食べ終えてから部屋のバスルームに入ってなかなか出てこないと思えば、浴槽で寝ていたりとずいぶんなあれだったが、ちゃんとやることをやった後にそうなっているのは素直に褒めてやりたいところだ。会社ではたとえ社長室で沙月さんがいなくても欠伸1つしない真面目さを見せているしな。こんな燐歌を見れば、会社の人間もいくらか心変わりしそうなものだが、燐歌はこの弱さを決して見せないように頑張っている。オレはそれを影ながら応援することしかできないが、頑張れ燐歌。



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