緋弾のアリア〜影の武偵〜

□Bullet52
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病院に着いてすぐ、沙月さんは治療室へと運ばれていったが、そこまでに命の危険はないということは言われていたのでひとまずは安心だったのだが、今は沙月さんよりも燐歌の方が問題だろう。
昨夜、オレに秘めていた気持ちを吐露した際に自分の側にはもう沙月さんしかいなくなると言っていた燐歌が、心穏やかでいられるはずがない。現に今も治療室の前のベンチで俯いていた。
オレもオレで美麗と煌牙のことが気がかりで燐歌に気の利いたことを言えなくて、代わりに桜ちゃんが燐歌の隣に座ってくれている。
ダメだ。オレがこんなんじゃこの先また何かあったら確実に崩れる。集中しろ。冷静になれ。今するべきことはなんだ。

落ち込む燐歌の姿を見ながらにこれからどうするべきかを考えようとしたところで、不意にベンチから立ち上がった燐歌はフラフラと移動を始めて、桜ちゃんが慌てて止めるが……


「お母様のところに行くの……止めないで……」


そう言った燐歌は桜ちゃんを振り払って歩くのを再開してしまい、仕方なく沙月さんの方を桜ちゃんに任せてオレがそれに同行。そういえば燐歌の母親が入院してるのもこの病院なのか。
それで移動した病棟の個室へとやって来た燐歌は、ノックもせずに扉を開けて中へと入ると、そこに備えられた1基のベッドにいた母親へと何も言わずに泣きついてしまう。母親は突然の訪問に何が何やらといった雰囲気を出すが、すぐにすすり泣く燐歌をなだめて優しく頭を撫で始めた。
その様子をなんとなく見ていたオレだったが、このタイミングで携帯が着信を知らせてきたので、ここが携帯の使用が大丈夫なのかを燐歌の母親に確認して、通話に応じる断りを入れてから小声で応対する。


『京夜先輩、今美麗と煌牙が運ばれた動物病院に着いたんですけど、その、獣医さんのお話だと非常に危険な状態で、今息があるのが奇跡に近いということで……その……必死に治療してくれてますが、いつ息を引き取ってもおかしくないと……』


「…………わかった。小鳥はそのまま美麗と煌牙についててやれ。必要なら美麗達の声を聞いて獣医に協力。それで何か変化があったら連絡。貴希はこっちに向かわせてくれ」


気持ちとしては今すぐにでも美麗と煌牙の元に行きたいのだが、それをグッと堪えてリーダーとしての指示を出し、それにはオレの心境を察して、小鳥は特に何も言うことなく返事を返して通話を切る。今、小鳥に何か心配するようなことを言われたら危なかったかもしれない。美麗と煌牙については祈るしかないだろう。生き繋いでくれさえすれば、オレはそれ以上を望まない。死ぬなよ……

オレが祈るような思いで携帯を懐に仕舞った後、泣き止んだ燐歌が涙を拭いて顔を上げ、オレを近くへ来るよう言うので燐歌の隣まで移動すると、いきなり燐歌の母親にお礼を言われてしまって言葉に詰まる。確かに燐歌を守ることはできたが、結果は散々だ。お礼を言われても謙遜ことすらおこがましい。
とりあえずその場は短く一言二言で返事を返して病室をあとにし、再び沙月さんのいる治療室前まで戻ると、丁度処置を終えた沙月さんが病室へと運ばれるところで、それを見た燐歌が慌てて駆け寄るが沙月さんは意識のないまま。医者の話では脳に異常はなく、奇跡的に裂傷と打撲だけで済んだので、今日か明日にでも目を覚ますだろうということだった。

それから病室へと運ばれた沙月さんに寄り添い沈黙した燐歌。それをオレと桜ちゃんはただ見てることしかできなかったが、少しして貴希が到着し燐歌に今日はどうするかを問うと、家には帰らないと言うので、オレ達もそれに合わせて行動を決定する。
貴希と桜ちゃんには今頃警察が来ているであろう騒動が起きた現場へ行って検証と情報収集をしてもらい、幸帆には1人で心許ないだろうが自宅での待機と仕入れた情報の分析と整理を指示。羽鳥の方は音信不通になったが、誰か連絡を受けた場合に知らせるように言っておいた。

桜ちゃんと貴希が行った後は、病室にはオレと燐歌と穏やかな呼吸で眠る沙月さんだけとなり、いつの間にか陽が沈みかけていた外の景色に1度視線を向けてから、少しだけ話をしようと燐歌に話しかける。


「……私を責めないのですか?」


「…………何であなたを責めるのよ。あなたはあなたの役目を果たした。そこに至らなかったところは一切なかったわ。私は感謝してるし、お母様もお礼を言っていたでしょう」


「……今日はもういいですが、明日から会社の方は……」


「…………沙月さんが目覚めるまで行かない……行けないよ……」


オレの問いに対して沙月さんから目を離すことなく答えた燐歌だったが、帰ってきた言葉にはいつもの力強さがなく、聞いただけで心が折れかけているのがわかってしまう。マズイな……


「口を挟むことではないですが、今燐歌様が折れたら、会社は……」


「わかってる……わかってるわよ……」


燐歌も頭ではわかってるのだろう。しかし心が疲弊してしまっていて前に歩き出せなくなっている。正直、まだ完全に心が折れていないのが不思議なほどだが、ここで足踏みをしたら今までの苦労が水の泡となってしまうかもしれない。それだけはなんとかしてあげたいが、ここで燐歌に鞭を打っても逆効果になりかねない。
なのでオレは燐歌の自力での再起を願いつつ、それ以上は何も言わずそれ以降は沈黙。その間にようやく余裕が出てきた頭で情報の整理をする。

はっきりしたことは、今回の襲撃で沙月さんの疑いは晴れたこと。影の襲撃の直前と直後に沙月さんの表情もチラッと見たが、その顔には嘘のつきようがない驚きの色が浮かんでいた。あれは演技では出せない自然な表情だった。
そしてその襲撃してきた影を操る人物。そいつが幸姉と同じかそれに近い超能力を使っていたこと。それなりに幸姉の超能力を見てきたからわかるが、あの槍は少なくとも幸姉と同じ言霊符。使い捨ての能力なので燃やして処分する手段も同じだった。あの影自体はまた別の何かだが、羽鳥もあの影の爆発能力でやられそうになったと考えていい。その後の羽鳥の安否も気になるところだが、あいつも伊達でSランク評価をもらっていない。無事だと信じて連絡を待つ。

何にしてもまずは足りない情報を集めて策を練るしかない。それで桜ちゃんと貴希の帰りを待つことにしたオレは、依然として眠る沙月さんから目を離さずにいる燐歌を見ながら、乱れていた集中を高めて警護に専念するのだった。



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