緋弾のアリア〜影の武偵〜

□Bullet53
4ページ/4ページ


羽鳥が女だったという衝撃の事実――桜ちゃんも貴希も燐歌も男の半裸とあってまじまじと見てないからか気付いてないが――はあったが、グダグダとやってる場合でもなかったので、その後すぐにタオルで体を拭いてからオレと桜ちゃんのスーツの上着を被せた羽鳥を、辿り着いた病院に担ぎ込んで病室に。幸いなのか衰弱と軽度の体温低下だけで傷の処置はもうやる必要がないほど完璧だったらしく、包帯を巻き直すだけで終わり、足の火傷も見た目ほど大したことはないそうで、羽鳥もそれがわかってて冷やす程度に終わらせていたようだった。一応点滴をして体を休める形で落ち着き、今は貴希についてもらって自然に目覚めるのを待つこととして、オレと桜ちゃんは燐歌について目覚めた沙月さんのいる病室に来て、2人の微笑ましいやり取りを部屋の隅で静かに見ていた。

それから元気な沙月さんに会って安心したのか、燐歌は割とすぐに帰ると言い出し、てっきり今日も病院で一夜を過ごすと思っていたオレ達は、それに合わせて貴希も羽鳥から離さないといけなくなったため、貴希の支給用携帯と起きたら連絡するようにとの置き手紙を残して帰宅。帰宅後は今日の多忙で燐歌もすぐにダウン。夜の8時にはベッドで寝息を立て始めた。
羽鳥からの連絡があったのはそれからわずか1時間後。予想よりも早い目覚めに多少驚きつつも通話に応じると、やはりまだ本調子ではないのか声からも気怠そうな感じが伝わってきた。


『取り急いでここ最近の状況を報告してくれ。最優先は君達もあの日、襲撃を受けたかどうかだ』


「それは構わないが……」


『ん? なぜ君は私に対する警戒心を解きかけているんだ? 気持ち悪いからいつもの調子で頼む』


挨拶も一言で済ませて早速本題に移ってきた羽鳥に対し、オレが歯切れの悪い返しをすれば、それだけで羽鳥はオレの変化に気付いていつもの調子で言葉をストレートにぶち込んでくる。


「いや……お前、女だったんだなって」


『……は? 何を今さら。君ならとっくの昔に気付いていると思っていたがね。しかしそれなら君はおそらく私の体……下半身かな? でも直に見て確信したのだろう? そこから来る罪悪感がそうさせてるなら、やめろ。私は私を女だと思っていないから、男に裸体を見られたところで何とも思わない』


「いや、骨格とかその辺で気付いたんだが、第1、そんなこと普通は疑わないんだよ。お前、男子寮に正式に入寮してきたし、制服だって男子用の着てんだろ」


『一応言っておくが、私は性別に関して一言も自分が男だとは言ったことはない。武偵手帳にもちゃんと性別は女で登録されている。しかし私は女の格好を……ひいては女として振る舞うことを拒絶している。それを転入時に話せば、綴先生がそう計らってくれたに過ぎない。制服も許可を得て着ている』


要するにこいつは武偵で言うところの『転装生(チェンジ)』。男子が女子の姿で、また女子が男子の姿で性別もそれとして武偵高に通うことを認められた生徒のことだが、その数は1学年に1人か2人程度。しかしそれはあくまでそういう格好をしているだけであったり、特殊な状況下を想定したケースがほとんどで、羽鳥の場合はそれとはまた違うちょっとした事情があるのかもしれないことが話から何となくわかる。
羽鳥が言うように、以前から女らしい仕草など一切したことがなかったし、風呂上がりに上半身裸でバスタオルを肩からかけたスタイルで歩いたりしていたため、そんなやつをまじまじ見ることもなかったし、失礼だが胸も男と変わらないほど発育していない。だから性別を疑わなければ気付けなかった。こいつへの警戒心も、結果として距離を取ることとなり、気付けなかった原因の1つだろう。それに羽鳥が自分のことを話さなかったのは、武偵が自分の情報をホイホイ話したりしない秘匿性を重視するから。だから話さなかったことを責めるのは筋違い。


「……わかった。お前の性別についてはもう何も言わない。これまで通りお前を男だと思って接する。それでいいんだな?」


『…………ふふっ。私が女だとわかって強く嫌悪感を抱けなくなったのか? 甘い男だ。それは差別と何ら変わらない扱いだと自覚しろよ』


それはわかってるつもりだ。こいつが男であろうと女であろうと羽鳥であることに変わりはない。こいつはムカつくしイライラさせられるが、だが女だとわかるとどうしても男以上に強く言えなくなる。悪い癖だ。


『しかし、私もその差別をしている人間の1人だ。だから君を否定もしないさ。女尊男卑。私は男に対して遠慮はしない。男なんて……大嫌いなんだよ……』


「じゃあ、何でその大嫌いな男の振る舞いをするんだよ」


『……君は私に好意でもあるのか? 告白はやめてくれよ。気持ち悪くて吐き気がする。それにヴァージンも6年前に喪失しているから、君が初めてになるわけでもない』


やっぱりこいつが女でもイラつくのに変わりないな。男だ女だ気にしてるオレがバカみたいに思えてきた。あっちはいつもと変わらないのに、オレだけ調子が狂ってる状況も気に入らない……ん? サラッと言ったが6年前ならこいつ、11歳で経験したのかよ……犯罪臭がするぞおい……


『まぁこれを最後の質問として本題に入ろう。私がそうする理由はただ1つ。私の大嫌いな男から最も遠い……つまりは女性から嫌われない男性を自ら体現するためさ。もちろん万人とはいかないまでも、私は女性が嫌だと言うことは絶対にしないし、押し引きは見極めている』


そんな衝撃の事実も軽く流して質問の答えを返した羽鳥。こいつにとって初体験ってそんなもんなのか……。というのは置いておいて、どうやらこいつの男嫌いが男装化の根底にあるようだが、それを掘り下げると言うことはこいつの影の部分を知ることになりそうなのでやめておく。質問も終わりのようだしな。
それから話を本題へと戻して、昨日の羽鳥との通話の後に起きた出来事をなるべく丁寧に話し、質問にも1つ1つ答えて、それら全てを終えてから少しの間沈黙した羽鳥は、全ての情報を吟味するようにこちらからはハッキリ聞き取れない小声でブツブツと内容を整理してから再び口を開いた。


『……よし。君の情報が正確なものであると信頼した上で、私の推測が正しければ、今回の事件の犯人は……』


そうして告げられた犯人の名前に、オレは信じられないほどの衝撃を受けたのだった。



前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ