緋弾のアリア〜影の武偵〜

□Bullet56
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込み上げてきた怒りの感情とは裏腹に、音もなく第2展望台に突入したオレは、ヒルダ達の近くにあった柩のようなものにクナイを投げてぶつけて意識を一瞬そちらへ向け、全員がそちらを向いた時にはもう、ヒルダの真後ろにまで接近に成功。そこから気付かれるより早く人間に放ったこともないほどの威力の回し蹴りでヒルダを吹き飛ばし、その時に腕の骨が折れたような感触があったが、相手は吸血鬼だ。どうせすぐに再生する。
そしてヒルダと入れ替わる形で理子の正面に立ったオレを理子が涙を溜めた顔で見上げてきたので、短い息を吐いてから口を開いた。


「会いたいって言うから会いに来たんだが、迷惑だったか?」


「…………ばか……」


返ってきた言葉は意外だったが、その時に浮かべたわずかな安堵の顔はオレに来てよかったのだと教えてくれる。
そんな理子の前で屈み、頭を優しく撫でながら目に溜まる涙を拭ってやり、その時に右耳につけられていた不気味なコウモリを模したイヤリングも確認。そこまでで吹き飛ばしたヒルダが動く気配を感じたのでそちらに意識を向ける。


「サルトビ……何故お前がここに来れる?」


折れた腕を庇うような形で立つヒルダは、オレがこの場に来たことに相当な疑問があるようで、睨み付けるような目でオレを見るが、オレはそれに答えない。


「……お前は呑気に金稼ぎしていたと聞いていたけど……そう。あなたが呼んだのね理子。酷い女。目の前で最愛の男が殺されるのを見たいだなんて。サルトビもそんな女を助けるなんて愚かとしか言いようがないわ」


オレのシカトにムッとしたヒルダだが、オレの事情は情報として持っていたようで、その情報を持ってきただろう理子をすぐに疑って汚い言葉をぶつけてくる。そして完全に治った腕を庇うのをやめてコウモリのような翼を広げて跳躍し、近くにあったキンジの名前が彫られた悪趣味な棺桶の上に降り立つ。


「理子はアリアの命乞いをして、私を裏切った。つい先日にはイヤリングを付けられて、私に忠誠を誓ったにも拘わらずにね。その前はバスカービルの一員、その前はイ・ウー、その前はお父様の飼い犬――そいつは昼と夜を行ったり来たり。本当に無様で、見苦しい女だわ」


「ああ……もう喋るな」


どこか楽しそうにベラベラと口を開くヒルダに、オレはトーンを落とした声でそう言い放ちゆっくりと立ち上がる。
今オレは、ヒルダの声が聞こえるだけでかなりヤバイ。理子から笑顔を奪ったこいつを、許せそうにない。込み上げてくるのは純粋な怒りだが、それが面へ出るような爆発はしない。幸姉には絶対にやるなと泣きながらに言われたが、その怒りを腹の下へと押し戻し、あれを生物として扱わないように感情を殺し、沈める……深く……。その時、最後に見た理子の顔がどうしようもなく切ない表情を浮かべた気がしたが、それももう気にならない。


「下等生物の分際で私に指図するなんて、どうしようもなく無礼な男……いったいどうやってなぶり殺してや……」


そこから先の言葉は、オレが投げたクナイが開けた口の喉奥を突き刺したことで途切れる。続けて眼球にもクナイを打ち込んで視界と思考を奪い悶絶させ、その間に距離を詰めて顎下へ掌底を打ち込みクナイを噛ませることで歯を砕き、後ろへ倒れる体に逆らわずに足を刈ってくるんッ! 宙で反転して顔が床を向いたところで後頭部の髪を掴んでそのまま叩きつけ刺さったままのクナイをさらに打ち込む。声にならない声でヒルダが喘ぐが、そんなのはオレの心に何の変化ももたらさず、掴んでいた髪を引っ張って持ち上げると、グチャグチャの血まみれの顔が視界に入るが、そこから刺さっていた3本のクナイを片手で抜いて素早く髪から喉元へ持つ場所を変え、目一杯の握力で首を絞めながら床へと叩きつけて馬乗り。漆黒のゴスロリ服の下から見える両の太ももの魔臟の位置を示す印の中心に持っていた2本のクナイを刺して、残りの1本を喉元へと突きつける。


「理子のイヤリングを外せ。爆発させることなく、無傷でな」


「……サ……ル……ト……ビぃ……」


抑揚のない声でオレがそう言えば、すでに顔の再生が始まったヒルダは憎々しげにオレの名前を呼びながらも、その口角を釣り上げたのでためらいなく突きつけていたクナイを一閃。喉を切り裂く。しかしそこでヒルダの雰囲気が変化したのを感じて、持っていたクナイを額に突き刺してから飛び上がるようなバック転で離れて、その際にちょっと細工を施しておくが、離れたのとほぼ同時に倒れるヒルダの周りにパチパチと断続的な目に見える電気が発生。


「サルトビ……お前はもう、5体を1つずつちぎり取って、塵も残さないで焼き尽くしてやる……地を這うことしか出来ない弱者が、圧倒的強者に牙を向いたこと、いたぶられて良い声で鳴きながら後悔なさい」


その電気もヒルダが立ち上がった時には収まって、不気味な煙をあげながら再生した顔をオレに向けて額のクナイを抜き取り、両の太もものクナイも抜き投げてしまう。
続けて背中の翼を広げて大きく跳躍したのだが、その高さは3メートルを越える。しかし滞空することは出来ないのか、跳躍が最高点に至るとそこからは降下が始まるが、そんな着地を悠長に待ってやるほど優しくないんだよ。

優雅な跳躍をしたヒルダだが、オレは離れる直前に足首に巻き付けておいた2本のワイヤーを手で思いっきり引っ張りヒルダの体勢を崩し、すかさずクナイを翼のなるべく根元へと投げてその機能を奪う。おそらくオレへの怒りと蜘蛛の巣状のタイツの上から巻き付けたことで気付かなかったヒルダは、突然自分を襲った力に思わず翼に意識を持っていき、その翼を傷つけられたことで一直線に床へと落下。その落下地点で右足の蹴りを腹へとお見舞いし、吹き飛ぶのをワイヤーで強引に止めて引き戻しその髪を掴んで顔を合わせる。


「もう1度言う。理子につけたイヤリングを外せ」


「ふふっ……ふふふっ……」


そんなオレの命令に対して、何がおかしいのか突然笑い始めたヒルダは、その赤い瞳でオレをまっすぐに見て口を開いた。


「あなたは私と『同類』よ」



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