特別小説

□FAIRY TAIL〜選択者の軌跡〜
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 X778年。
 今日も今日とて賑やかなギルド、妖精の尻尾は誰がどう見てもいつも通りの日々の時間が流れていた。
 その平穏を打ち破らないように、非常に静かにギルドの扉を開いた少年、ウィズ・クロームは、誰からも特に注目されることなくギルドの奥へと歩いていき、カウンター席であぐらをかいて座っていたギルドマスター、マカロフ・ドレアーの前で立ち止まり、マカロフも優しげな表情でウィズを見る。

「おうボウズ。妖精の尻尾に何か用か?」

「アンタがギルドマスターだな。オレはウィズ・クローム。フィオーレ最強のギルドと聞いて来た。ここの魔導士として厄介になりたいんだが」

 別に珍しいことではない。妖精の尻尾に入りたいという魔導士は毎月いるくらいだし、特に厳しい加入条件を設けているわけでもない。
 しかし目の前の少年からマカロフは並々ならない何かを敏感に感じ取る。
 それは決意や覚悟といった強いもの。成し遂げたい何かがあるのか、成さねばならない何かがあるのかはマカロフにもわからないが、こういった人物は新しい風をもたらす。
 ギルドの中にもその話が聞こえた連中がいるようで、一部が視線を向けてくる中でマカロフは鋭い眼光を消して優しい表情へと戻ると、

「いいよ。これからよろしくの、ウィズ」

 あっさりとウィズの加入を承認。
 それには申し出たウィズさえちょっと驚きの表情を見せ、周囲も早っ! とかなんとかツッコミを入れてくる。
 マカロフの即決はすぐにギルド全体が周知すると、やはりというか気になるやつらは出てくるため、新入りのウィズに偉そうに近付いていったのはナツ・ドラグニルとグレイ・フルバスター。

「じっちゃんがソッコーで決めるなんて何事だ? もしかしてつえーのかお前!!」

「バーカ。会ったばっかでんなことわかるかよ。じーさん、ギルドの先輩として腕試しは俺がしてやるよ!」

「ずりぃぞグレイ! それは俺がやるつもりだったんだ! んなわけで勝負だウィズ!!」

 まだウィズよりも全然若いだろう少年2人に言い寄られたウィズは、本人そっちのけで喧嘩をおっ始めてしまった2人を見て何がしたいのかわからなくなる。
 だがまだギルドの一員である証明の紋章ももらっていないウィズは1度マカロフへと視線を送れば、目で止めてやってくれんかと言われてしまいため息。

「子供の喧嘩は見るに耐えんしな」

 仕方なく喧嘩の仲裁に入ったウィズは、先に割り込もうとしていた赤髪の少女を制して揉み合う2人に近付き、右手でサッと2人の顔に触れる軌道で触れると、右手は2人の顔を『すり抜けて』しまい、それに周りがざわつく中で2人を通過した右手で自らの顔に触れたウィズ。
 すると喧嘩をしていた2人は急にその動きを止めて絶叫。揃って「目が見えねー!」と意味不明なことを言っておろおろと床を這い始める。

「喧嘩両成敗。お前らの『視覚を抜き取らせてもらった』。喧嘩をしないって誓えば元に戻してやるが、どうする?」

 おろおろと狼狽えている2人に聞こえるようにそう言ったウィズに、すっかり大人しくなった2人は初めて視覚を奪われた恐怖からかすぐに「誓います!」と即答。
 非常に良い返事を聞いたウィズは今度は左手で自分の顔に触れてその顔を透過。その手でナツとグレイに触れてやると、2人とも視覚が元に戻って心底安堵した息を吐き床に倒れ込んだ。

「珍しい魔法じゃの。触れたものの何かを抜き取るようじゃが」

「『選択(セレクト)』。オレがそれに対する最低限の理解があれば、右手で触れたものからほぼ制限なく形無きそれを抜き取り、別の正しい対象に取り入れられる魔法。左手はそのリセットの機能を持ってる」

 一部始終を黙って見ていたマカロフは冷静にウィズの魔法を分析してきたが、隠すつもりもなかったウィズはそうしてネタばらしをして周りへの自己紹介も兼ねてしまう。

「ウィズ・クローム。最強というのは興味ないが、喧嘩は嫌いだ。オレの目の届く範囲で無駄な喧嘩をしたら、視覚だけじゃ済まないかもしれないから気を付けてくれ。よろしく」

 それがウィズ・クロームがギルドに来た日の出来事だった。








「怖っ! 喧嘩やめさせるために視覚を奪っちゃうとか……」

「私のように物理的に止めるよりもよっぽど平和的な解決法で、私は尊敬していたぞ」

「確かに肉体に何のダメージもなく喧嘩を止められるって凄いですよね」

「ウェンディ、話はそう単純な話じゃないわよ。そのウィズってやつの魔法、使い様によってはもっと恐ろしいことが出来ちゃうんじゃないかしら」

 ウィズのギルド加入の時の話を聞いたルーシィ達は、口々に感想を漏らしエルザは何故か誇らしげにしていたが、シャルルだけはそのウィズに危険な匂いを嗅ぎ付けてシリアスな顔でエルザを見ると、うむと唸ったエルザは真剣さを戻して話をする。

「確かに使い方を間違えればウィズの魔法は恐ろしいことができるだろう。例えば五感の全てを抜き取って生きた屍を作り上げたり、場合によってはその者の命さえ抜き取れてしまう。シャルルはそれに気付いたのだろうが、前者はまぁ……昔ナツとグレイがあれだったが、後者は絶対にあり得ない。ウィズ本人が言っていたが、強大な力にはそれに見合うだけの『代償』が伴われる。ウィズの魔法に至っては、命には命の代償を伴うらしい」

 勘の良いシャルルの疑問に答えるように口を開いたエルザの話に、一同は顔から血の気が引くが、続けた代償の話で一気に緊張が張り詰める。
 要するにウィズの魔法で命を抜き取ったら、その代償で自らも命を落とすことになると、そういう話にルーシィもウェンディも互いに顔を見て同時に思う。
 それほどの魔法をどうしてウィズが使えるのか。
 世の中に知らない魔法など数限りないが、そうしたある種の『誓約』を以て強大な力を行使する魔法はとりわけ稀少で習得も難しい。少なくとも文献などでは習得不可能で、それこそ口伝や継承といった形に残していない魔法の類いである可能性が限りなく高い。
 まだまだ謎の多い人物、ウィズ・クロームだが、エルザの話も始まったばかり。ここからその人となりはわかってくるはずと考えたルーシィ達は、再び昔話に戻っていったエルザの話に耳を傾けていった。








 ウィズがギルドに入って3日。ようやくマグノリアで住み処を見つけたウィズは、寝床にしていたギルドホールからお引っ越し。荷物など皆無だったからこれから家具やらの買い出しに出なきゃならなかったのだが、ギルドを出て少ししたところで依頼から戻ってきたラクサスと所用で出ていたマカロフとばったり。
 マカロフは挨拶も一言にすれ違ったが、何やら不機嫌そうなラクサスはその足を止めてウィズをガン見してくるので、ウィズも、異変に気付き振り向いたマカロフもラクサスを見る。

「何か用かい、ラクサス?」

「……気に入らねぇな」

 穏やかな調子のウィズに対して唐突な言葉をぶつけたラクサス。
 それにはマカロフが大きなため息を吐いてしまうが、ラクサスの言い分もウィズはわかってるつもりだ。
 たった3日。自らギルドの門を潜って入ってきた自分がもう我が物顔でギルドを出入りしてる。それがラクサスには不快に映ってしまっているのだ。

「どうすればラクサスは認めてくれる?」

「俺はよ、別にじじいの判断が気に食わねぇわけじゃねぇ。ただあれだけで自分をさらけ出したような雰囲気を出すてめぇがムカつくってだけだ」

「誰にだって話したくないことはあるさ。それに自分語りなんて聞かれてもないのにする方がおかしな話じゃない?」

 ラクサスの不満を解消するためにいち早く質問で返したウィズだったが、いまいち的を射ない会話で2人して言葉に詰まる。
 ただまぁ、こういう時に男がうだうだと言い合ってるのは端から見てもあんまりカッコいいものではない。
 だからラクサスが言葉ではなく指で移動すると示すことでウィズも黙ってそれについていき、マカロフもまた仲裁役でも買って出てくれるのかついてきた。
 街外れのガランとした空き地までやって来たウィズとラクサスは、そこで相対して立ち男は黙って拳で語るとばかりにピリッとした空気を張り詰めさせる。
 合図などない。だからいつ仕掛けても文句など出ない状況だったが、ほとんど初見同士の立ち合いで先に仕掛けたのはラクサス。
 全身に雷を纏って高速で接近し拳を放ったラクサスはほぼ勝ちを確信する。初見で自分のスピードに対応できる奴などいないと。
 しかしウィズは驚くべき体捌きで突っ込んできたラクサスの拳を右手で横からサッと素通りさせて電気エネルギーを抜き取ると、ただの拳となった拳を左手で受けてそのまま一本背負い。ラクサス自身のスピードを殺すことなく地面へと叩きつけてみせると、右手で抜き取った電気エネルギーを地面に触れてアースの要領で流してから倒れるラクサスの顔の前に右手を持っていく。

「どうする?」

「…………何で俺の動きを見切れた」

「選択の副産物でね。この魔法しか『生涯』使えない代わりに、常人よりも優れた身体能力を与えられてるんだ。だからラクサスの動きも特に問題なく見えてた」

「ちっ。あー負けだよ負け。ナメてかかった分も含めてな。もうお前に文句は言わねぇ。だがギルドを利用しようって腹なら、今度は本気でやるぜ」

「……それは怖いね。じゃあそうならないように大人しくしてようっと」

 余計なことをしなくてもそれ以上の戦闘継続は無駄と悟ったラクサスに手を貸して立ち上がらせたウィズ。
 いざこざの原因が隠し事をしてることにあるので、質問には正直に答えたウィズに素直な敗北を受け入れたラクサスは、それでもまだウィズを信用したわけではないようなことを言ってきて、それに内心ではドキッとしはしたウィズだが面には出さずはぐらかす。
 そんな2人を表情を変えずに見ていたマカロフは、ギルドに戻っていくラクサスに小言してから、同じく本来の目的に戻ろうとしたウィズにも声をかける。

「ウィズ。お前さんが何かを抱えてるのは見りゃわかる。ラクサスもそれがわかってて突っかかってしまったが、ギルドに入った以上はお前さんも儂らの『家族』じゃ。どうしてもの時は家族に頼れ。そして家族の危機には全力で助けろ。それだけは覚えておけ」

「……ギルドが家族、か……」

 話はそれだけじゃ。そう言って自分もギルドへと戻ってしまったマカロフの背中を呆然と見ていたウィズは、自分の認識とは少しだけ違うギルドの考え方に触れて、これからの自分の在り方についてを少しだけ考え直すのだった。



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