緋弾のアリア〜影の武偵〜
□Bullet8
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キンジの部屋に白雪が越してきた(一時的に)翌日。
なんだかんだで依頼から帰ってから色々あってまともに休めてないオレは、登校するなり自分の席で寝始めていた。
「猿飛君、久しぶりだね」
そんな安眠モードに入りかけていたオレに前の席に座りつつ話し掛けてきたのは、同じクラスの1年からの知り合いである強襲科の不知火亮だった。
不知火は強襲科でAランクに位置付けされた武偵で、なんでもそつなくこなせる言ってしまえばオールラウンダーな奴だ。
しかもルックスも良いから女子にもモテる。浮いた話を聞いたことがないのが不思議なくらいだ。
「久しぶりってほどじゃないだろ。先週いなかったってだけだ」
「友人がいない時間は案外長く感じるものだよ」
なんかこいつに友人とか言われるとむず痒いぞ。それを爽やか笑顔で言ってくるから余計にな。
「で? オレの安眠を妨げてまで何の用だ? そこら辺は空気を読む不知火にしては珍しいからな」
「さすが猿飛君だね。用件っていうか、猿飛君がいなかった間の情報が2つあるんだけど、少し残念な情報と残念な情報、どっちが先がいいかな?」
どっちも残念な情報かよ。オレもつくづく運がないな。
「ダメージの少ない方から」
「了解。少し残念な情報は、猿飛君とほとんど同じ時期に峰さんが極秘任務とかでアメリカに行ってしまったらしいよ。なんでも長期の任務とかで、しばらく帰ってこないらしいね」
理子……やっべ……色々ありすぎてすっかり頭から飛んでた……。
理子はハイジャックのあった日にオレに自分が『武偵殺し』であることを告げ、さらにイ・ウーのメンバーであるらしい発言まで残していった。
その時はアリアの事を優先して頭の隅に追いやっていたが、このまま放置しておけるものでもないよな。
「極秘任務ね……Aランク武偵ともなると、色々と面倒な任務が舞い込んでくるんだろうな」
オレはそんな心情を悟られないように不知火に対してそう切り返した。
「あれ? 猿飛君なら結構なダメージになると思ったけど、そうでもなかったかな? 峰さんと仲良かったし」
「いや、正直理子がいない学校は来る意味すらないぞ? つまらんからな」
「それは猿飛君を友人と思ってる僕の方がダメージを受ける発言だね」
「おお、そういう意味にもなるか。悪い悪い」
悪気はなかったんだがな。言葉は選ばなくちゃダメだな。反省だ。
「それでもう1つの残念な情報は?」
「うん、猿飛君もわかってると思うけど、もうすぐアドシアードが開催されるよね」
アドシアード。年に1度行われる武偵高の国際競技会で、スポーツでいえばインターハイ、オリンピックみたいなモノである。
主に強襲科や狙撃科による物騒な競技がメインな聖典とは程遠いモノなんだがな。
「それで僕達も競技に参加するか手伝い(ヘルプ)を必ずやらないといけないわけだけど、猿飛君がいない間に色々と役割が決まっちゃったんだよ」
「……まさかオレがいない間に勝手に役割を当てられたのか? 拒否権もなく?」
先を読んだオレの質問に、不知火はこくり。苦笑混じりに首を縦に振った。
「猿飛君はみんなやりたがらなかった学園島のメインゲート警備。警備って言っても、来場者の案内やパンフレットの配布になるだろうけどね」
「……不知火は何やるんだよ?」
「僕は競技には参加しないことになったから、遠山君と武藤君と一緒に閉会式のチアのバックバンドをね」
閉会式のチア? ああ、アル=カタか。
アル=カタとは、イタリア語の武器(アルマ)と日本語の型(カタ)を合わせた武偵用語で、ナイフや拳銃による演武をチアリーディング風のダンスと組み合わせてパレード化したもので、武偵高の人間はそれをチアと呼んでいるのだ。
実戦でも用いられてる戦闘法だというのに、チアと呼ぶのはどうかと思うが、そこはまぁ、武偵高らしいといえば納得できなくはない。
「オレもバンドやる……と行きたいところだが、残念なことに楽器を1つも演奏できん。そして役割を決めた奴に異議を申し立てる!」
休んでたから仕方ないとか言われても、これは納得できないぞ。なんでやりたくない仕事をやらなきゃならん。まあ、やりたい仕事なんてものもないが、一番面倒な仕事を押しつけられて素直にやる気にはなれない。
それにオレが笑顔100%で来場者にパンフレットを配る姿なんて、想像するのも恐ろしい。身の毛がよだつぞ。
「異議を申し立てても、猿飛君の担当する時間は一番混むアドシアード開始時から2時間だから、いまさら替わってくれる人もいないだろうね。こればっかりは諦めるしかないよ」
「……最近、なんかやたらと不幸が重なるんだが、見返りはいつ返ってくるんだろうな……」
「見返りか……それなら少しはあるかもしれないね。猿飛君と同じ時間帯の担当の中に武藤君の妹さんがいたから言い方は悪いけど、目の保養にはなると思うよ」
武藤の妹……貴希(きき)か。あいつレースクィーンのバイトとかやってるくらいの美人だからな。それはせめてもの救いだ。
「それなら渋々だがやってやるが、未だにあの貴希が武藤の妹とは思えん。腹違いじゃないか?」
とりあえず仕事は引き受けることにした。しかし次に言った言葉には不知火も苦笑いを浮かべてしまい、否定はしてこなかった。それだけ似てない兄妹なんだよ。
などと話していたら、突然誰かに背中をバン! と叩かれて、オレは反射的に身体が飛び跳ねた。
「腹違いとは言ってくれるな、猿飛! しかし残念ながら正真正銘オレとキキは兄妹なんだよ」
背中を叩いてきた人物、武藤は、そう笑いながらオレに話してきた。
そんな武藤の腹にオレは帰ってきてから貯まりに貯まったストレスを右手に込めて全力で撃ち抜いた。それを受けた武藤は身体をくの字に曲げてうつ伏せに床へと倒れた。
「さ、猿飛……お、お前……なん……で……」
「ん? いやなに、貯まったストレスを発散しただけだ。他意はない」
「お、おま……ひ、轢いてや……る……」
武藤はオレの言葉を聞いてから、そんな口癖を言いつつ意識を手放したのだった。南無三。
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