アクセル・ワールド〜蒼き閃光〜

□Acceleration1
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――君のその渇望を、僕は叶えることができるかもしれない。だから《加速》してみる気はあるか?――








西暦2045年4月。全国の至るところで入学式・始業式が行われているであろうこの日。
現在その記念すべき始まりの式を完全に逃して、ここ東京の杉並区に存在する私立梅郷(うめさと)中学校の校門を潜った生徒がいた。
その人物は、濃い茶色の割と短い髪に黒い瞳と、一般的に見れば「少し格好いい男子」で、第1印象だけならまず悪いイメージは付きにくいであろう容姿をしているが、そんな容姿よりも気になるものがあった。

男子生徒は正面玄関を入ってすぐに自分のクラスとなる教室目指して走り出し、階段を駆け登り、その目の前までノンストップでやって来た。


「うぃーす! 遅れてごめんなさーい!」


そこからなんのためらいもなく前の扉をガララ! と開けてそんな皆が引くような挨拶をした男子生徒は、元気よく左手を挙げてオッス! といった感じだった。
新1年生のクラスで、おそらく最初のホームルームの真っ最中だった教室内は、突然現れた男子生徒に呆然。担任の男教師も唖然としていたが、すぐに思い当たる節があったのか、男子生徒を横に呼び寄せた。


「えー、この子がさっき話した特別枠(エクストラワン)入学の皇照良(スメラギテルヨシ)君だ」


担任の教師はそう言いながら目の前の何もない空間をタッチしていく動作をする。
これは今や1人1台所持が当たり前となっている、首回りに装着し脳と量子無線接続して使う携帯端末《ニューロリンカー》が映し出す仮想デスクトップを操作しているのだ。
テルヨシも当然このニューロリンカーを装着しているが、この梅郷中学校の校門を潜った瞬間から、全世界を繋ぐ《グローバルネット》への接続を切られて、今はどのネットにも繋がっていなく、ここ梅郷中学校が作った《学内ローカルネット》にも接続していないため、担任の教師が出したであろう自身の紹介を確認できなかった。


「あのティーチャー? オレの学内ローカルネットのアカウントをもらえますか?」


「ん、おおそうか。これは失敬」


テルヨシの言葉を聞いた担任は、それでまた空中をタッチしてテルヨシに学内ローカルネットアカウントを渡し、すぐにサインインを済ませローカルネットに接続した。


「うっし! 改めて自己紹介! 皇照良だ! 先週くらいまでアメリカのワシントンDCに住んでたから、帰国子女ってことになるけど、英語はさっぱりだから教えたりはできないぜ。よろしくな」


意気揚々と転校生のような自己紹介をするテルヨシだったが、このクラスはついさっき新入生として入ったばかりの生徒しかいないので、当然場の空気はぎこちなく、それで盛り上がるようなことはなかった。
しかしそんなテルヨシを見る皆の目はその顔ではなく、テルヨシが乗っている『車椅子』にいっていた。
医療技術も発達した現代において、車椅子を使うということの珍しさ。皆はそれに注目していたのだ。
テルヨシもその視線にはすぐに気付くが、別段気にする素振りもなく話をする。


「車椅子が珍しいのはわかっけどよ、同情とか可哀想とかってのはやめてくれよ。この足でお前らに劣ってるなんて思ってねぇし、余計な手助けも必要ない」


様々な視線を浴びながら、そのほとんどの視線の正体を『看破』していたテルヨシは、そう言って大多数の視線に答えた。それにはテルヨシを見ていたクラスメートのほとんどが視線を落とした。

その後、テルヨシも用意されていた席に移動して、最初のホームルームを再開した担任の話を聞いて時間が過ぎていった。

そして最初の休み時間。席の近い者同士で交友関係を築いていってるクラスメート達の中で、テルヨシは注目された。
皆が我先にと自分の席の近くに寄ろうとする様子をテルヨシは笑顔で見ていた。

――バシィィイイ!

その時、テルヨシの脳内にそんな音が響き渡り、それからテルヨシの見る世界が青く染まって『止まった』。
テルヨシに近付こうとするクラスメート。窓の外を飛んでいた鳥。ありとあらゆるものが色あせて止まる。

否。《加速》したのだ

次に訪れたのは景色の変化。
建物を残してクラスメート達の姿が消え去り、狭かった教室が無機質な金属の壁や床に書き換えられた。

対戦フィールドの構築

そしてテルヨシ自身の姿も変化。
乗っていた車椅子はなくなり、その『足で地面に立つ』テルヨシの姿は、全身を深い青の金属のようなとがりのない装甲が纏い、頭の後ろから伸びる尻尾のような装甲が一際目をひいた。

デュエルアバター

それからテルヨシの視界上部に見えるのが、真ん中の『1800』という数字から左右に分かれた上下2つのゲージ。それは見た通り、一昔前の対戦格闘ゲームのゲージ。

ブレイン・バースト

そう呼ばれるこの『対戦格闘ゲーム』は、とあるアプリケーションをインストールした者にしかプレイできない。
今テルヨシはその『意識だけ』を、現実時間の1000倍《加速》させて行動している。


「対戦? マジでか……」


しかしテルヨシは今のこの状況に驚いていた。
対戦というからには当然相手がいるのだが、その相手と自分が同じネットに接続していなければ対戦を仕掛けたり仕掛けられたりもないのだ。
現在テルヨシはグローバルネットから接続を切って学内ローカルネットのみに接続している。つまり対戦相手は学内にいるということ。
諸々の事情でブレイン・バーストをインストールしたプレイヤーは東京都内に1000人ほどしかいなく、都外となれば30人に満たないとまで言われ、『最年長プレイヤー』ですらまだ中学2年生。それで同じ学内に偶然2人以上の見知らぬプレイヤーがいるというのは非常に稀であり『由々しき事態』だ。


「えーと、フィールドは《鉄鋼》ステージか。対戦相手は……」


それも理解していたテルヨシは、視界に表示された燃え上がる【FIGHT!!】の文字も無視して視界右の対戦相手を確認する。

《Black Lotus[Level9]》

ブラック・ロータス。それが対戦相手のデュエルアバターネーム。対してテルヨシのデュエルアバターはというと、

《Regatta Tail[Level1]》

レガッタ・テイル。しかし注目すべきはそのレベル。レベル1のテルヨシに対して相手は現在のブレイン・バースト内で最高レベルとされる9なのである。



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