特別小説

□FAIRY TAIL〜選択者の軌跡〜
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 X784年。
 永世中立国フィオーレ王国の数ある街の1つ。マグノリア。
 そこに拠点を置く魔導士ギルド『妖精の尻尾(フェアリーテイル)』では、ここ数日に渡ってギルドのメンバーが躍起になって依頼を受注し忙しなく出入りを繰り返していた。
 その理由を今年ギルドに加入したばかりの新人魔導士、ルーシィ・ハートフィリアは知るよしもなく、皆の行動を少し気にしつつも、比較的のんびりギルドで時間を過ごしていた。
 そんなルーシィの元へ忙しない皆とは違って普段通りな人物、エルザ・スカーレットが近寄って向かいのテーブル席に座ると、丁度良いからとルーシィも気になることをギルドの先輩に問いかける。

「なーんかみんないつも以上にやる気に満ちてるけど、一体全体どうしちゃったの?」

「そうか。ルーシィはまだ知らなかったんだな。もうすぐSきゅ……まぁ、明日にもその答えはわかるだろうしな。私からはまだ言わないでおこう」

「えー、エルザの意地悪ぅ」

 何を勿体ぶる必要があるのか。とルーシィはエルザを見ながら表情にまで出して膨れっ面をするが、明日にはわかることなら我慢するのもまた楽しみになるかとこの場では素直に諦める。
 そこにルーシィと同じく最近ギルドへと加入した少女、ウェンディ・マーベルとエクシードと呼ばれる喋る猫、シャルルが、皆の忙しなさに困惑していたのか落ち着いた場所を求めて近寄ってきて挨拶も一言に席を共にすると、ルーシィ同様の質問をエルザにしていたが、案の定答えは明日へと持ち越されてしまっていた。

「…………あっ」

 と、続かない話題なら別のことでもと考えていたルーシィは、ふと最近気になったことを思い出してアホっぽい声を出すと、エルザとウェンディとシャルルも同時にルーシィへと視線を向ける。

「そういえばこの前プールでみんなで遊んだ時に、マスターを見て不思議に思ったことがあったのよね」

「不思議なこと、ですか?」

「うん。ほら、ギルドのメンバーはその証としてギルドの紋章をどこかに付けるでしょ。でも紋章を2つも付ける必要はないわよね? でもマスターには胸と首元にギルドの紋章があったのよ」

 そう話したルーシィにウェンディとシャルルも記憶を遡るように唸ってから、確かにとほぼ同時にそれが事実であることを認める。
 その事には自分達がよくわからないギルドの事情みたいなものがありそうな気がしたルーシィ達は、やはりここでもギルドの先輩、エルザに答えを求めるように視線を向けると、今度は話してくれそうな感じで口を開いた。

「よく見ているな。マスター自身の紋章は胸元のが確かにそうだ。首元にあるもう1つの紋章は……」

 特に秘密にしておくことでもないのか、割と軽い感じで話していたエルザだったが、肝心なことを言う前に急に何かを思い出したように口を閉じて周囲を見渡すと、その視線をウェイトレスとして働くミラジェーン・ストラウスに固定し、声の届かない距離にいることを確認してホッと胸を撫で下ろす。

「ど、どうしたのエルザ。ひょっとしてミラさんに聞かれちゃマズイことだったり?」

「いや、聞かれても問題はないのだが、そうなるとミラは口を挟まずにはいられないし、お前達がそこから聞く『奴』の話に抱く印象が良くないかもしれんからな。ここはミラ抜きで話してやりたいのだ」

 そうしたエルザの説明にルーシィ達は少々どころではない驚きを見せて固まる。何がと言えば、あのミラがこれから話すであろう人物を『悪く言う』可能性があると言うからだ。
 ミラは確かに昔『魔人』などと呼ばれたS級魔導士で性格も今の温厚なものとは正反対だったことはルーシィ達も話では聞いていたが、それでも今のミラの口から毒が吐かれる姿が想像すらできない様子。

「あ、あのミラさんが毒を吐かずにいられないって……」

「それだけでなんだかもの凄く……」

「怖いわね……」

 なので言葉を分けて口にした三者の言い分にエルザも苦笑いを浮かべるしかなかったが、それだけミラに影響を与えた人物であることは事実。だからエルザは個人の感情をあまり含めない語り口調で、当時を思い出すようにして改めて口を開いた。

「マスターのあの紋章は、預かりものなのだ。ルーシィ達がギルドに入るより前。今からだと2年前になるか。突如としてギルドを抜けてしまった、当時ギルダーツの次に強いかもと噂されていた魔導士、ウィズ・クロームの紋章」

 そこで語られた話にまたもルーシィ達は言葉を分けるように「あのギルダーツの!?」「次に強い!?」「化け物ね……」 と驚きの声を上げると、その声がミラに聞こえてないかの確認をしてから「バカ者」とルーシィ達の頭を軽く小突いたエルザは、ボリュームを注意してから話を続ける。

「あくまでも『そうかもしれない』という話だ。実際問題、私含めて当時のギルドのメンバーでウィズの戦う姿を見た者はほぼいないからな」

「えっ? それっておかしな話よね。だったら何でギルダーツの次に強いかもなんて噂が出てくるのかしら」

「確かにね。何かその噂の出所でもないと唐突な話ね」

「言っただろ。ほぼいないのだと。ほぼと言うことはそれを見た者もまたいたわけだ。それがマスターとラクサス。なんでもラクサスがウィズに喧嘩を売って、それをマスターが見届けたというのが真相らしいのだが……」

「そ、それっていつ頃の話なんですか?」

「ウィズがギルドに入ってすぐの頃だから、今から6年前か。当時でもラクサスの実力は私達より頭一つ抜けていたからな。そのラクサスが喧嘩を売った噂はすぐにギルドでも広まったが、結果については未だ謎のまま。しかしその噂の流れた後から、ウィズを認めて受け入れるラクサスの姿から、私達はある仮説を立てたのだ」

 淡々と語るエルザの話に緊張の顔つきで食い入るように聞くルーシィ達。ウェンディとシャルルはラクサスとの面識もないのでいまいち話の大きさにピンと来ないものの、エルザよりも強いマスターの孫、ラクサスという情報から補完。ここまでの話からエルザの言う仮説にも同じ予測が立ったルーシィ達は、ごくりと生唾を飲んでしまう。

「ラクサスはウィズに負けたのではないか。それも完膚なきまでの敗北で。誰しも最初はあり得ないと笑ったが、気になったナツの奴がな……命知らずでラクサスに問いかけたのだ。ウィズに負けたのかと」

「それって、ナツが……」

「まぁ予想の通り殴られて終わったのだが、その後あのラクサスが否定もせずに無言で帰ってしまったから、もしかしたらということになったわけだ」

 一応は納得のいくエルザの話とナツの無謀さに苦笑混じりのルーシィ達ではあったが、そう聞くと確かにウィズが強いかもしれないと思えるのだから、エルザ達が当時立てた仮説も可能性としてはあるわけだ。
 と、ここまではあくまで前置きであると言うように話を戻したエルザは、次にウィズがギルドでどのような存在だったのかを話し始めた。

「実力のほどは明らかではなかったがな。それでもウィズがいたから今の私達があるのは事実。それを踏まえて話そう。私達が今も家族と信じているウィズ・クロームの、ギルド加入から脱退までの軌跡を」








 時を同じくして、フィオーレ王国にある港町の1つに滞在していた1人の男は、ある物の購入に踏み切って、その値段交渉をしていたところで唐突に訪れた鼻のむず痒さに思わず……

「……っくしゅん!!」

 交渉をしていた商人に向けてくしゃみを炸裂。それに機嫌を損ねた商人は交渉をやめて男をお払い箱にし、仕方ないかと諦めた男も新たな交渉を求めて別の店に移動を始めた。

「さて、今回の情報は嘘か真か。神のみぞ知るってところか……」

 誰に言うでもなく街を歩きながらそう口にした男、ウィズ・クロームは、疑心暗鬼な内心とは裏腹に晴れ渡る青空を見上げて今日も自らの目的のために行動する。



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