小説

□気付けばいつも傍らに
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 奈落との決着もつき、四魂の玉の消滅をもってして全ては終わった。


 無言のまま歩を進める殺生丸の後を、邪見と阿吽がこれみよがしに意気消沈して着いてくる。

 あからさまに暗い邪見と阿吽に、殺生丸が声をかけるわけもなく。
 ハアアアァと深い溜め息を吐く邪見に「黙れ」と蹴りをいれるでもなく。

 一行は静まり返った森を行く。
 明るく楽しそうな少女の声は、ない。
「殺生丸様、よろしいのですか?」
「…………」
「わたくしはてっきり、その……あの馬鹿娘も連れて行くものだとばかり」
 殺生丸は振り向きざまに金色の双眸を眇めた。
「なんだ、寂しいのか?」
「いえ、滅相もない!」
 問えば、邪見はすぐさま否定の言葉を返してきた。しかし、邪見の慌てぶりを見る限り、それはただの強がりだとすぐにわかる。
 殺生丸はあえて何も言わずに踵を返した。
「ならば行くぞ」
「はい! ほれ行くぞ、りんっ」
 瞬間、殺生丸を含めた三人共足を止めた。
 彼女の名を口にした邪見は、あ、とこめかみから冷や汗を垂らす。

 ――――りん。

 少女を人里に置いてきてから二週間。意識的に彼女の名前を口にすることを避けていた。

 ……ただの人間の小娘。

 特別な力があるわけでも、使い勝手の良い駒でもない。むしろ、殺生丸達にとってお荷物同然だった。
 だが。
 あの人間の小娘は、妖怪にとって瞬きほどの時間の中で、鮮烈な印象を残した。

『殺生丸さまのモコモコ、あたたかいね』

『あ、お花!』

『殺生丸さま! 邪見さま!』

 今この場にいないはずなのに――笑顔を振り撒き、殺生丸達の帰りを大人しく待っている姿が、見える。

 いつの頃だったか。殺生丸にとって、りんは何者にも替えがたい存在となってしまった。……彼女こそ殺生丸の弱点と言われるほどに。
 ――――だからこそ、殺生丸は人里へ返す訓練を楓に頼んだのだ。
 大切故に、少女の未来を考えてしまった。
他人のことをそれほど心に止めたことなどない、殺生丸が。
 彼は視線を落とした。
「邪見」
「はいっ!」
「西国へ行く」
「へ!? いきなり何を――」
「りんに合う着物を作らせる」
「は、はい……っ。殺生丸さまぁ」
「何だ、気色悪い」
「ぐはぁ! 胸に突き刺さるお言葉……でも、今は気にするものかっ。そうと決まれば、急ぎましょう」
 いきなりキビキビ動き出した邪見は意気揚々と阿吽に跨がる。


 殺生丸は、ふと己の掌を見つめる。

 二度失い、二度手に入れた――――唯一無二の存在。

 ぎゅっと拳を握った。


 薄雲の張った青い空を仰ぐ。
 風に乗って、遠く人里からりんのにおいが運ばれてくる。



 殺生丸は瞼を閉じた。


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