小説

□変わった瞬間
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 まろやかな日差しが空から降り注ぐ。
 りんは大きな岩に腰かけて素足を川の中に浸していた。
 艶のある肌に水しぶきがかかる。彼女は頬杖をつき、殺生丸と邪見の帰りを待っていた。
 水面に赤く色づいた紅葉が流れていた。目前にそびえ立つ切り立った山々は赤や黄色に染まって秋の風情を感じさせる。

 夏の暑さはすっかりなりを潜め、冷えた風がりんの頬を撫でていく。りんは肌寒さに身震いすると、細い足を川から引き上げた。そしてそのまま岩の上で膝を抱えて溜め息を洩らす。


 北の果てにある山に強い妖怪がいるとの噂を聞いて、りん達はここへやって来た。

 お前は阿吽とここで待っていろと言われたりんは、切り立った山へ足を踏み入れた殺生丸達の背中を大人しく見送った。
 殺生丸達が山へ入って二日。そろそろ帰ってくる頃だろうと、りんと阿吽は山の麓で、殺生丸達の帰りを首を長くして待っているところである。

(あたし、小さい頃となんにも変わってないや)

 りんは今や十七歳となっていた。

 一度は楓に預けられ、人里へ帰る訓練を受けたものの、結局、彼女は殺生丸と旅をする道を選んだ。

 殺生丸は、己の強さの限界たるやどこかを見定めるべく、現在も旅を続けていた。彼は己の刀である爆砕牙を手に入れてもなお、戦国最強の名を確固たるものとすべく動いているのである。

 そんな彼と一緒にいられるだけで幸せだと思えたのは再び彼の旅に同行し始めた最初の方だけ。次第にりんは悩み始めた。

(あたし……殺生丸さまの何なんだろう?)

 もう幼子でないが故、殺生丸へ明け透けに問うたりは出来ない。


 ……こわかった。


 答えを欲せば、もう今のままではいられない。殺生丸の口からどんな言葉が飛び出してこようとも、りんは覚悟を決めてそれを聞かなければならないのだ。




 ――と、悶々と考え込みつつ、川に足を突っ込んでいたりんのもとへ殺生丸が帰ってきた。
 りんはパッと顔を明るくさせて彼へ駆け寄る。

「おかえりなさいっ。……あれ、邪見さまは?」

「……置いてきた」

「そうなの?」

 邪見がいないことはあまり気にならなかった。りんの親代わりとも呼べるあの小妖怪は、たとえ日の中水の中、何千里の距離があろうとも、殺生丸のもとへはせ参じるだろうから。

「…………」

「…………」

 気まずい。

 何か話題を振らなくちゃ、とりんは精一杯考えた挙げ句、唐突に切り出した。

「りんね、昔からこうやって殺生丸さまのことを待ってたでしょ」

「ああ」

「その間、ずっと殺生丸さまのことだけ想ってたの」

「……私の……こと……?」

 殺生丸は柳眉を跳ね上げる。
 こくりと、りんは首肯した。

「今も昔も、りんはずーっと殺生丸さまのことだけ想ってるんだよ」

 自信満々に言ってのけるりんを前にして、殺生丸は絶句した。

 何か変なことでも言ったかな、とりんは小首を傾げる。そして、自らの吐露した言葉が告白のような響きを持っていることに気付いた。

「あ……えっと……その……」

 しどろもどろで、りんは目を泳がせる。

「お前は昔と変わらず……無邪気なものだな、りん」

 殺生丸の細く長い指先が、りんの頬を包んだ。


 数年前、同じように優しく触れられことがあるはずなのに――冷たい指先がりんの心を高鳴らせる。



 耳まで真っ赤にして目を伏せるも、殺生丸の指先は俯くことを許してくれない。


 彼は強引にりんの顎を持ち上げる。



 二人の唇が重なった。




「……好き……」





 思わず呟いた言葉。


 ふっと殺生丸の唇が湾曲した。彼は再び、りんの顎を持ち上げる。



「――――知っている」





 二人の関係が、くっきりと線引きされた瞬間だった。





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