小説

□愛は遠く
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 ここで死ぬのだと思った。妹を一人残して、自分は死ぬのだと。
(ごめん、ランカ)
 ブレラは静かに瞑目する。

 ブレラにとって、ランカはただ一人のお姫様だった。
 死の間際だというのに、脳裏に浮かぶのは恐怖ではなく、悔恨で。ランカを一人にしてしまうのが何より辛い。
(死にたくない)
 ぐっと手を伸ばした。血だらけの腕、弱まる鼓動、霞む視界。
 頬に涙が伝う。

 大切だった、何よりも。

 ランカの笑顔が見られるのならば、自分はどうなっても良かった。
 もう、この手で彼女に触れられないと思うと苦しい。
 ブレラは胸元に光るハーモニカを弱々しく握りしめる。


 ――そこで、彼の意識は途切れた。



 ◆ ◆ ◆ 



 人工的に作られた大気と夜闇がフロンティアを覆っている。
 高層ビルの屋上に、一人の青年の姿があった。赤い双眸は果てない宇宙(そら)を見ている。
 涼しい夜風が、青年の金に煌めく髪を揺らす。

「…………」

 全身をインプラント化された青年は、本物さながらの夜風を気持ち良いと思う感情を持ち得ない。
 彼は胸に下げた銀色のハーモニカを口許に寄せ、そっと奏で始める。
 息継ぎの度に掠れる悲しげな音。おぼろげな自分という存在に、唯一残された記憶(おと)。

 淡い歌声が耳に木霊する。


 心が、熱い。


 青年はハーモニカを吹くのを止めた。

「ランカ・リー」

 観察対象として、上司から見張るよう命じられている少女の名前。彼女は自分と同じ赤い双眸を持ち、自分と同じ音を知っている少女の名前。
 彼女の歌声を聞いた刹那、空虚だった青年の心に何かが溢れた。それを人は感情(こころ)と呼ぶのだろう。

 青年――ブレラは再びハーモニカを奏でた。

 密閉式のケミカルプラントを採用したギャラクシー船団で、ブレラは暮らしてきた。過去を持たないサイボーグとして、上司の命令を忠実に守り日々を過ごしてきた。
 彼が過ごしたギャラクシー船団とは180度系統の違う、バイオプラントを採用したマクロス・フロンティアで育ったランカ。

 何故、彼女がこんなにも気になるのだろう。
 誰にも譲りたくない。彼女は自分がこの手で守りたい。


 今だって、そんな気持ちが燻ぶっている。
 ブレラは瞑目し、唯一の記憶に意識を集中させた。

 ギャラクシー船団にいた頃は、この曲を吹く度に孤独を感じていた。大切なものを喪失した気がしていた。
 なのに、今はこんなにも温かい。
 まるで宇宙の渦をそのまま形にし、優しく抱きしめられているような。

 遥か遠く前から、こうなることは決定づけられていた気さえする。

 ブレラは二、三度瞬いた。


 まだ、愛は遠く。



(離れて再び出会い……初めて、本当の意味で君を愛した)




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