羅国<おはなし>

□Rice ball!
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お盆を持って部屋の前に着くと、大久保さんも丁度お風呂から戻って来た所だった。驚いた顔で見ている。私は慌てて部屋へ滑るように入った。
後から入って来た大久保さんの顔は……うわ…怒ってる?

「小娘。私は休めと言ったな?何故まだ此処にいる?」

「ごめんなさい。これを置いたら、すぐに戻りますから…。」

「なんだ、これは。」

そう言って、私が持っているお盆にかけてある布をひらっと捲る。そしてチラリと私を見ると無言で居間の大久保さんの定位置に行き胡座をかいて座った。

「…何をしている。突っ立ったままでは食えないではないか。」

私は嬉しくなって、急いで大久保さんの前にお盆を置いた。

「私が風呂の間に小娘が作って来たのか?」

「…はい。今日の夕餉の後に料理方の皆さんに、お勝手場を夜遅くに使うかもしれませんって話したら材料を除けておいてくれたみたいです。」

「そうか…皆に気を遣わせたな……。確かに風呂に浸かっている時、腹が鳴っていた。……戴こう。」

「…はい!どうぞ!」

お盆の上には、おにぎりが二つ、大根と胡瓜と人参の漬物、お茶、後は料理方の人達の好意で卵が二個置いてあったので、出汁巻き卵を作ってみた。
大久保さんはおにぎりを一つ手に取ると、ぱくっと大きくかぶりついた。

「美味しいですか?」

私は嬉しくて、ニコニコしながら聞いてみた。

「……握り飯は形が不恰好。卵は少し焦げている。漬物は料理方で漬けたのだろう。これは旨い。」

そう言いながらぱくぱくと食べて、もう一つは食べ終わり、二つ目を手に取っている。
私は少しびっくりして見ていた。

「……なんだ?きょとんとした顔をして。」

「…大久保さん、結構豪快に食べるんだなって意外で…。普通の御飯の時は、上品に綺麗に食べてるから……。」

「ふふん、握り飯はこうやってかぶりついて食べるのが、一番旨いだろう。気取って食べる物ではない。
食べる物や場所によって食べ方を合わせねば不作法だろう。」

「ふぅん…おにぎりの食べ方に作法があるかは知りませんけど、普段の食事の作法とかはやっぱり習ったんですか?」

「…大概は幼い頃の躾で身についた物だが、改めて所作や作法は習いもした。知らねば、田舎侍と馬鹿にされるからな。」

「へぇ…。大久保さんて、お坊ちゃん育ちなのかと思ってました。」

私の発言に大久保さんは、飲みかけていたお茶を噴きそうになっている。

「何を馬鹿な事を…。私が裕福な育ちをしていれば、小娘の作った夜食など旨いとは思わなかったかも知れんぞ。」

「…えっ?…旨い?…だって、さっきは…」

「ふん。形は不恰好と言ったが塩の塩梅と握りは良い。卵も端が焦げているだけで甘味具合も丁度良い。まずいなどとは一言も言っておらん。」

「…/////……ありがとうございます。」

「ふむ、旨かった。馳走になったな。……これで、少しは安心か?私もこれからは気をつけよう。」

「はい!それじゃ私はお盆を片付けて、部屋に戻りますね。お休みなさい。」

大久保さんに向かって正座して頭を下げた。

「……そうか、食後の甘味は無しか……。私は小娘の唇でも良いのだが……。」

「……!!な、何を言って…!」

慌てて部屋を出て襖を閉めた後、中から大久保さんの楽しそうな笑い声が聞こえて来た。
もう、またやられた。でも熱くなった頬のまま、つい顔が綻んでしまう。まだ温もりの残る大久保さんの湯呑みを手に取り、そっと自分の唇に当ててみた。

……いつか……――

考えた途端にボッと音がしそうな位、頭から足の先まで熱くなった。大分涼しくなった夜のはずなのに、
今夜はなかなか寝付けない一夜を過ごしそうだ…と、的中確実な予想をしながら、廊下を部屋へ向かって歩いて行った……。





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