Syugo-kyara!

□MerryChristmas
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はぁっと息を吐いてみれば、それは目に見えるほど真っ白で、

手に持っているミルクティーの缶の口からじわじわ溢れ出る湯気のように、

甘くしんなりと空気に溶け込んでいった。

冷たいベンチに触れている体の箇所がひりひりと緩い痛みを帯びている。

わたしは明日のクリスマスパーティーの準備のために駅前に買い物に来ていた。

料理はあむと歌唄が、その他全般の準備はわたしとややが行って、

女子四人でパーティーをするつもりだ。

二時間も歩き回れば足も疲れるし、

外とは反対にむしろあたたか過ぎるくらいの店内にいれば、

頭もボーッとしてくる。

少し休憩したかったわたしは、

自動販売機で温かいミルクティーを買って外の風にあたっていた。

目の前にはキラキラと光る大きなクリスマスツリー。

大通りもいろんな色の電飾が一斉に光り、

きれいなライトアップをみせている。

冬は寒いけれど、クリスマスツリーやイルミネーション、

色とりどりの包装紙に包まれたプレゼントや、

アロマキャンドルを眺めているだけで心が暖かくなるので好きだ。

オレンジ色や黄色の電飾光に包まれているような、

不思議な空気に浸っているとつい時間を忘れ、

ぼんやりと座っていたままだったことに気がついた。

いま何時なのか調べようとケータイをみた。


時刻は18時を何分か過ぎた頃を指していた。

わたしはケータイに届いた一通のメールに気がついた。

受信ボックスを開いてみると、カラフルな文字色で彩られた文面が画面いっぱいに広がった。


『やっほーヾ(*´∇`*)みんなメリクリーッ↑↑
楽しんでるー?明日のパーティー楽しみだねー!
ややは今から準備万端で待ってるよ!
サンタさん早く来ないかなぁ?みんなも良いクリスマスイブを!( ^^)Y☆Y(^^ )』


送り主はややで、どうやら知り合い(元ガーディアンメンバーなど)へ一斉送信したようだ。

なんて返信しようかと迷いながら返信画面を開いた矢先、

またしてもバイブで震えるケータイ。

他のメンバーからの返信かと思いきや、

今度はメールではなく着信だった。

その意外な発信人の名前を見て

わたしの鼓動はとくとくと速まっていった。


「…あら、なぎひこじゃない」


画面には『Incoming なぎひこ』という文字。

ぽちっと右側の方のボタンを押すと、ケータイの震えはおさまり、
耳に当てたスピーカーからは「プー、プー…」という電子音が聞こえていた。


なぎひこからの着信は切れた。


「…あ、押すほうを間違えたわ。」

わざとらしく言ってみせる。

そんなのジョークに決まっている。

ケータイの操作は苦手だけど、通話ボタンと電源ボタンを押し間違えるほど、

わたしは機会音痴じゃない。

ただいきなりの着信に、動揺しないわけがない。

それなりに心の準備が必要だ。

高鳴る胸を落ち着かせようと、冬の冷たい空気をたくさん吸い込んだ。

着信履歴からなぎひこの電話番号を選び、通話ボタンを押した。


プルルルル…ガチャッ


「もしもし、りまちゃん?」


速い…。

呼び出し音が一節聞こえただけで、すぐになぎひこが電話に出た。


「久しぶり、なぎひこ」

「うん、久しぶり」


なぎひこの声は電話越しでも、微笑んでいるような感じが伝わってくる。

なぎひこの声を聞いたのは2年振りだ。


「どうしたの?」

「特に用事はないんだけどね。」

「…そう」



ならどうして電話してきたのよ、と頭の中に疑問符が浮かぶ。

何かあるのかと少しだけだが期待していた。

今日はクリスマスイブだ。みんながそれぞれ恋人と過ごすこの日。

なぎひことは特別な関係はないけれど、国境を越えて通話している。

その事実がわたしを不思議な気持ちにさせた。

甘くて切ない、そんな感じだ。

滅多に連絡なんてしてこないくせに。

人を期待させておいて、きっとこれと言ったことは何も考えていないのだ。


「りまちゃん」


数秒の沈黙の後、穏やかな声がわたしの名前を呼ぶ。


「なに」

「今、なにしてるの?」

「クリスマスツリー見てる。駅前のおっきなやつ。」


久しぶりに話したなぎひこの口調は前と変わらない。

ただ、ちょっとだけ低くなった声は不思議な色を帯びていた。


「あぁ、あれ綺麗だよね。」

「見たことあるの?」

「うん。まあここ何年かはちょうど留学が重なって見れてないけど。」

「わたしは去年も見たわ。」


わたしたちの何気ない会話が夜空へと浮かぶ。


なぎひこに会いたい。

2年の時を経た彼はどんな姿なのだろう。

背も初等部の頃に比べればかなり伸びているんじゃないかと思う。

声も前よりも低くなっていたので、

もはや今の彼は女装ができるのか気になった。


「りまちゃん?」

「…え?あ…どうしたの」

「いや…もしかしてぼーっとしてたかなーって」


会話の途中だというのに、ごちゃごちゃと考え込んでしまった。

しかもなぎひこには全部見透かされているようだ。

考えていたことは全部あなたのこと。

なんてそこまでわかるはずがないけれど、

彼には気付かれちゃうんじゃないかと思った。


「いつかさ一緒に見たいね。」

「え、ええ。」


なぎひこの言葉でわたしの心が、体が少しずつ暖まっていくのがわかる。

そんなこと言われたら、自惚れてしまう。

彼が帰ってくる未来に期待をしてしまう。


「そういえば、りまちゃんにクリスマスプレゼント送ったんだよ。」

「えっ?」

「うん。まだ届いてない?」

「わからないわ。今日は一日出かけてたから。」


それでなぎひこは電話してきたのか。

思わず顔が緩む。彼は何をくれたのだろう。

一瞬問い掛けようとしたが、開いた口を大人しくつぐんだ。

それは家に帰ってからの楽しみにとっておこう。


「でもわたしは何もなぎひこに用意してないわ。」

「ん?あぁ、大丈夫だよ。」


気にしないで、と明るい声色で言われたら

申し訳ないと焦っていた気持ちもすっと消えていった。


「とにかくプレゼント見てね。」

「もちろんよ。」


それからわたしたちは、学校のこと、

みんなのこと、なぎひこの様子などいろいろ話した。

段々と辺りの暗さが増して、街頭のイルミネーションが一層きらびやかになる。


「そろそろ家に帰るわ。」


時間も時間だし、何よりなぎひこのプレゼントが気になる。

もうなぎひことも通話を断たなければならない。

永遠のように感じた時間は刻一刻と過ぎて、

二度と戻ることはできないと知っているのだ。


「わかった。夜道には気をつけてね。
本当はりまちゃんのこと送ってあげられればよかったんだけど…」

「ええ、ありがとう。大丈夫よ。もう、子供じゃないもの。」


電話を切るのが名残惜しい。

いつまでも話していたいと思ったが、それはあまりにも不可能な話だ。

本当はいつまでも一緒にいたかった。

なぎひこの隣にいられるだけでよかった。

なぎひこともっとたくさんの思い出を共有していたかった。

心は彼をこんなにも欲しがっているのに、

一番望む選択肢をわたしに選ぶことはできない。

彼への想いはとっくの昔に置いてきたのだ。

遠く離れていても届く声。

今ここでわたしとケータイ越しに繋がる彼。

ただ二人の距離は果てしなく遠かった。

ただ、それだけだった。

本当は離れたくない。

隣にいることが出来ないなら、せめて同じ時間を過ごしていたい。

そんな本音とは裏腹にわたしは「それじゃあまたね」と通話を切ろうとしていた。


「あ、待って!」

「な…なに?」


「メリークリスマス、りまちゃん」


最後に聞いたなぎひこの言葉は、とても暖かかった。

わたしもメリークリスマスと返して電話を切った。

彼とのひとときは、きらきら光る夜の世界へ溶けていった。
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