novel

□sweeToxic
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その日の気温は特に高く、外回りをする社員にとっては地獄のような日だった。
「はぁ〜・・・、暑・・・っ!」
正午少し前、一度外回りから会社に帰ってきたChiyuは、汗だくのままで自分のデスクに座った。
「お疲れ様、Chiyu君。」
「あぁ・・・どうも。」
その隣りのデスクはshinpeiだ。
話しかけると、彼はニカッと笑い返してくれる。
(・・・チャンス!)
「Chiyu君、何か飲み物買ってこようか?」
椅子から立ち上がった。
「ええんですか?」
「うん。俺も、今買いに行こうかなーって考えてたところ。」
ここで、自然に微笑むのが、shinpeiなりのポイントだ。
「それじゃあ・・・頼みますわ。」
ちなみに、彼はこのオフィスの場ではshinpeiに対し、敬語を使うが、それ以外の場になると、タメ口を用いてくれるのだ。
「うん、じゃあ行ってくる!」
秘かに、ここまではshinpeiの思惑通りだ。

最寄りのコーヒーショップに入り、コーヒーを2つ注文する。
一つは、イチゴのシロップやミルクの入ったコーヒーの上に、ホイップクリームとイチゴのソースのかかった既存のコーヒーを。
そして、もう一つは、同じコーヒーだが、コーヒーのイチゴシロップだけを抜いたオリジナルコーヒーを。
受け取り、店の中の空いたテーブルを一時的に借りる。
(せめて美味しくありますように・・・。)
苦いままのオリジナルコーヒーの方に、ホイップクリームの隙間から、小瓶の中の紅い媚薬を注いだ。
(うん・・・、見た感じは近くなってるかな・・・。)
店を出て、コーヒーを両手に炎天下の下、会社に戻った。
(ああ、Chiyu君ごめんなさい)
エレベーターの中、甘いコーヒーを見ていると、胸がチクチクと痛んだ。

「はい、これ・・・。」
隣りのデスクの彼は、お礼を言って、笑顔で受け取った。
「ごめんね。何がいいか分からなくて、俺と同じ物で・・・。」
「いやいや!めっちゃ嬉しいですわ!」
「なら、いいけど・・・。」
彼が、コーヒーを一口飲む。
「ん・・・っ」
(あ・・・、ちょっとクラクラしたのかなっ!?)
一瞬ぼんやりとした表情をするChiyuに、shinpeiは罪悪感にさいなまれた。
いたたまれない気分で、飲み干す様を見つめていた・・・。
(これで・・・、Chiyu君が俺に振り向いてくれるんだ。)

その日、会社から真っ直ぐ帰らずに、shinpeiは例の店に向かっていた。
もらったカードに描いてあった地図を頼りに路地裏を進む。
(あ・・・、すんなり来れた。)
道の先に、記憶の中と同じ紅い灯りを見つけ、shinpeiの顔が自然とほころぶ。
着いて、重い扉を開けるのも、ためらわなかった。
「こんばん・・・」
「!!」
shinpeiがまず目にしたのは、ソファで眠る武瑠の愛らしい寝顔に、自身の顔を寄せるMITSURUだった。
「・・・失礼しました。」
「あ、いや、ちょっと待って下さい!」
出ようとするshinpeiを引き留め、彼は姿勢を正した。
一つ咳払いもする。
「・・・えーっと・・・、お相手の方に飲ませることに成功されたのですね?」
「はい・・・。」
「とりあえず・・・、先生を起こすので、そちらのソファにでも座ってお待ち下さい。」
差したのは、以前武瑠が座った方のソファだった。
「あ、すいません・・・。」
「こちらこそ、すいませんでした・・・。」
赤い顔をしたMITSURUがは、深々と頭を下げる。
会釈を返しながら、意外だと思った。
(この2人・・・、付き合って・・・)
「武瑠〜、武瑠〜?」
「ん〜・・・、何〜、誰、みっちゃん・・・。」
目を開けないまま、MITSURUの首に抱き付き、横抱きされる。
武瑠を抱えたままソファに座り、話を続けた。
「・・・しばらくは起動しないので、先生抜きで話を進めさせていただきます。」
「あ、はい、どうぞ。」
いかし、気になったのはむしろMITSURUの方だった。
おもむろに立ち上がり、shinpeiに背を向けると、武瑠の身体をソファへ投げた。
無論、ケガや身体への影響がない程度に優しい手付きだったが、寝ている人にとっての衝撃は大きいはずだ。
「わっ!?」
武瑠は起き上がり、不機嫌で眠たそうにMITSURUを睨む。
「ひどい!きちく!」
「・・・何でもいいけど、待ってらっしゃるんだから、例のものを取ってくるよ。」
と、少し冷たい態度で、MITSURUは奥へと消えていった。
その背中に、しばらく文句を言っていた武瑠だが、言ってもしょうがない、と諦めたようにshinpeiの方に向き直した。
「ひどいよね!もっと人に優しく出来ないもんかなー?」
「あぁ・・・ねぇ・・・。」
しかし、shinpeiはMITSURUの気持ちがよく分かった。
彼は、きっと片思い中なのだ。
相手・・・この目の前の武瑠が鈍感で、なかな気付いてもらえそうにない恋をしている。
だから、異常に意識してしまうのは、shinpeiも同じだ。
MITSURUは、相手を少しいじめてしまうようだが、shinpeiは避けてしまう癖がある。
話しかけてくれたりすると、嬉しくていつまでも話していたいと思うのに、自ら話しかけるチャンスがきても、なかなか難しくて逃げてしまう。
(好きな人が作る人なら、作ってもらいにくいよね・・・。)
あの媚薬の効果はなかなかあった。
シャイで奥手なshinpeiに勇気を与え、Chiyuに媚薬を飲ませることができたのだから・・・。
(そういえば、甘い毒って言っていたな・・・?何で毒?)
考え込んでいると、MITSURUが戻ってきて、武瑠に一枚の紙を渡した。
「・・・・・・。」
受け取ろうとしない彼に、MITSURUはつい苦笑する。
「怒ってる?」
「・・・・・・。」
「ごめん、悪かった。ちょっと手荒だったね。」
その言葉を聞いた直後、一瞬で笑みがよみがえった。
「うん。・・・で、紙ちょーだい。」
「はいはい。」
やっと受け取ったそれを、テーブルに置いて、shinpeiの方に向けた。
「一番下、名前書いて!」
と、万年筆のようなものを渡されたが、奇妙なペンだった。
本体は黒いのに、赤い縄のような糸で全体が結ばれている。
それも、まるで人を拘束するように。
「・・・・・・。」
悪趣味なそれで記名する。
紅いインクだった。
その紙に書いてあることは、カレンダーのようなもので、何故か日付が来月のとある日以降記されていなかった。
「これは・・・?」
「もし、恋がこのまま叶わなかったら、君の愛しの彼は死んじゃうの。」
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