novel

□sweeToxic
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(あ、よかった。まだ残ってる人いる・・・!)
ビルの外観からまだ光がもれている階を確認すると、丁度shinpei達の仕事場だった。
(誰が残ってるんだろ・・・?)
中に入り、エレベーターで目的の階まで上がる。
そぉ・・・っと中を覗くと、1人の男が残業をしていた。
Chiyuだった。
「あ・・・ぺーさん。どうしたん?」
「え、えっと・・・忘れ物しちゃって・・・」
2人きりの時はタメ口を用いるのが、小さな約束だった。
shinpeiは少し緊張しながら、自分のデスクに向かう。
広い部屋に隣り合ったデスクで2人きり。
「もしかして、ぺーさんの忘れ物って、これ?」
「あー、それっ!」
Chiyuが渡してくれた物こそ、探していたパスケースだった。
「ありがとう・・・!」
「うんん。そこに落ちてて、なんかぺーさんの持ってたやつな気がするな〜って思って。」
「うん・・・?」
笑ってくれているのに、彼はどこか心から笑っているようではなかった。
「えっと・・・拾ってくれてありがとう。それで・・・中は見た?」
「中?いや・・・見てへんけど。」
「な、ならいいの。」
Chiyuはしばらくshinpeiを不思議そうに見ていたが、やがて再びPCと向き合う。
「ねぇ、Chiyu君が残業なんて珍しいよね?」
「あー・・・、うん・・・。そうやな。」
「何かあったの?」
思い切って、彼のPCを覗き込み、急接近した。
そこに表示されていたのは、書類の編集画面だった。
「これ・・・作ってたの?」
「・・・・・・。」
(あ、違う!直してるんだ。だから今朝・・・。)
即座に察したshinpeiが何も言わないでいると、Chiyuがフッと笑う。
「・・・ぺーさんには、もうバレてしまってるみたいやな・・・。」
「ごめんね・・・。」
「うんん。・・・誰かに話したら、スッキリすると思う?」
その問いに、うんうんとうなずいた。
「俺でよかったら、いくらでも聞くよ。」
「じゃあ話すわ。」
Chiyuが語ったのは、ほんの小さな書類ミスだった。
それを今朝、指摘されたようだ。
shinpeiもよくある、打ち間違いのようなものだった。
「Chiyu君はそこまで落ち込むことないんじゃないの?」
「でも・・・、割れ窓理論ってあるやん?それみたいに、小さいミスが大きなミスにつながるから・・・。」
Chiyuの性格らしい、と思った。
ふと、ささいなことでも落ち込む彼が可愛く見えたshinpeiは、どうにかして励ましてあげたくなっていた。
しかし、何と言って励ませばいいのか分からない。
不意に、『sweeToxic』で教わった言葉がよみがえった。
『しゃべれなくてもいいからさ、とりあえずボディータッチだよ!』
(ボディータッチって・・・何すればいいの!?)
この状況で、shinpeiが彼に一番してあげたかったことは、そのしょげた頭を撫でてあげることだった。
片腕をのばして、実行する。
「ぺーさん?」
「大丈夫だよ。取り返しのつかないことなんて、世の中あんまりないから。それに、失敗は誰にでもあるよ。」
Chiyuに笑って欲しいから、shinpeiは満面の笑みで言った。
すると、案の定、彼にもそれが移っていく。
「・・・そうなんかな?」
「うん!答え合わせみたいなものって思って、もう一回やればいいじゃん?」
座ったままのChiyuを、shinpeiは立ったまま撫でていたから、自然と上から覗き込む姿勢になる。
その姿勢で見た彼の顔は、仕事ができる男、ではなくて、年下の可愛い男の子だった。
shinpeiは、手を元に戻す。
「・・・さてと。」
自分自身のデスクに向きあい、PCの電源を入れた。
「え?何で・・・。」
「2人でした方が早いでしょ?」
そして、顔を背けて言う。
「あと・・・なんか子供扱いみたいで、ごめんなさい・・・。」
「いやいや・・・、ぺーさんは、励ましてくれてるんやから。」
彼がこちらに向けてくれている笑みを直視できずに、気付かないフリをしながら横目でチラチラ見た。
(・・・でも、これも薬の力なのか・・・。)
だとしても、『sweeToxic』の2人も、結局は実力でキッカケを作らなければ何も始まらないと言っていた。
(それにさ、今楽しくない?)
2人きりで、向き合っている訳でもなく、話している訳でもなく、見つめている訳でもなく、違うPCをそれぞれに打っているだけの空間。
それが、理由もなく楽しい空間だった。
(ま、Chiyu君じゃなかったら意味無いけど。)


「っていうことがあってね・・・!」
『わ〜、ドラマみたい〜!』
帰宅後、丁度電話のかかってきたmasatoについ会社での事を話した。
彼はときめいた声で『いいな〜』と言って、溜め息をつく。
「何で?yujiがいるじゃん?」
『ん〜っていうか、そのChiyuって人が羨ましい。』
「Chiyu君が?」
『だって、その薬使われる程、想われるってすごくない?』
確かに、ぶっきらぼうでリアリストのyujiがロマンに満ちたようなことをするとは思えない。
最も、大学在学当時に、キャンパス内の高嶺の花のような存在だったmasatoに、yujiが告白していることも驚きなのに。
「やっぱり、薬使われる嬉しい?得体の知れないものを、気付かないうちに飲まされてるんだよ?」
『う〜ん・・・、飲まされてるのはちょっと嫌だけど、そのくらい好きって想ってくれてるんでしょ?』
「あ〜・・・、そっか・・・。」
本筋を外れたが、彼が電話した訳は、休日のことだった。
『土曜日くらい、またランチ行きたいなーって。』
「うん、いいよ。yujiもいるよね?」
『・・・ダメ?』
「構わないよ。」
別に、2人は付き合っているとて、人前で見せびらかすようにじゃれる訳ではないから、一緒にいても居心地がいいのだ。
『ありがとう。』
「うんん。俺としては、付き合えてる方が羨ましいな。」
『ないものねだりだよね、お互い。』
masatoの苦笑に、shinpeiも返した。
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