novel

□Bell the CAT
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それは、雨の日のことだった。




「Bell the CAT」作@プラス



アスファルトに小粒の水玉がはじける。
まるで一つの旋律を奏でる様に。

一般的には悪天候に思われる日でも、街は人であふれていた。
みな、自分だけの世界で他人に見向きもしなかった。
たくさん居るのに、独りだった。

その中には、Aijiもいた。
仕事ではなく、オフだった。
不意に気が向いて、街にやってきたのは、珍しい。
自分でも意外なことだった。
街では、ちらほらAijiを目で追う者もいた。
Aijiの正体はとあるバンドのボーカリストだからだ。
しかし、本人は才能を感じておらず、常に憂いを感じていた。
この外出も、その鬱憤を晴らすべく・・・否
、逃げ道的な行動だったのかも知れない。
相変わらず、空は晴れないが。
Aijiも自分の世界の住人に過ぎない。
視界はモノクロの様、気になるものは光る。
そもそも、この街に光るものは無い。
皆無だ。
全てが廃れ、色褪せ、朽ちてしまった。
その後、僅かに残った光を追い求めて、探す日々を人々は続ける。
無論、Aijiもその一人だった。
(オレは・・・何がしたいんだろ)
人工的な中で、唯一だれも手を加えることのできない空を見上げる。
幻聴だろうか、耳を澄ませば雨音にまざってわずかな子猫の鳴き声が・・・
(・・・猫?)
ハッとAijiは足を止める。
辺りを見渡した。
本当にか細い声音だったが、確かに子猫の鳴き声がAijiの耳には届いたのだ。
(どこだろう)
やはり、今日のAijiはいつもと違う。
この前、仕事帰りに捨て猫をみつけた。しかし、自分では面倒をみきれないと、見て見ぬフリをしてしまったのに。
(そう遠くはないハズだけど・・・)
人の波を逆走してみる。
傘をさしていないため、身軽だった。
髪に水が滴る。それが散って、過ぎゆく人は迷惑そうな表情を浮かべたが、気にならなかった。
(猫ってどんな所にいるっけ。)
屋根、へいの上、マンホールの上・・・ありったけ思い浮かべてみる。
(・・・見つけた。)
せまいせまい隙間に正体はあった。
腕をのばせる所に居てくれて、助かった。
暗い闇から急に引きずり出された黒い子猫はとてもあたたかい。

ー駅のホームにて。
「お前・・・捨て猫か?」
・・・答えない。
「お前・・・風邪ひいてるな?」
・・・答えない。
「・・・。」
「・・・。」
互いに瞳を見つめあう。Aijiは猫の首輪をつかんで、自分の目線まで合わせた。
言葉が無くとも、Aijiはそのつぶらな瞳が何を訴えているか分かった。
「・・・行くか。」
青いベンチから立ち上がり、丁度滑り込んできた適当な電車に乗りこむ。
黒い猫は、やむを得ずパーカーのポケットに隠した。
黒い体に、黒のレザーでスタッズの付いた首輪をしている猫は、「maya」と名付けた。
そのmayaは、電車の中はおろか、家までの路で一回も鳴き声をあげなかった。
車窓からは雲の空間から日のあたたかな光が街に降りそそいでいる様が見える。
Aijiの心境とよく似ていた。
小さくてもあたたかい生命に触れ、心なしか街がカラフルに見える気がしていた。


自宅は、セキュリティーと暮らしやすさと、立地条件を主体に選んでいる。
したがって、オートロックだし、内装もまあまあだし、駅からは徒歩3〜5分というマンションに住んでいる。
部屋に着いたとたん、mayaが勢いよく飛び出す。
「おわっ!」
・・・のはいいが、着地して束の間、すぐに倒れてしまった。
「・・・大丈夫?」
首輪をつかんで顔色をうかがう。
円らな瞳がキョトンとしているが、ケガは無さそうだ。
しかし、その小さな体は小刻みにプルプルとふるえ、付け足しとして、とても熱かった。
熱があるようだ、Aijiは顔をしかめる。
猫を飼った経験などないが、テレパシーの様に、mayaが訴えてきているのだ。
鳴き声も、あげないのではなくて、あげられないのかも知れない。
そんな哀れな猫を前に、Aijiの心は引きさかれる様に痛んだ。
「今すぐ治してやるからな・・・。」
頭をちょっとなでてやると、心なしか幾分嬉しそうな顔をしてみせるmaya。
Aijiも笑みを返して、円らな瞳をまっすぐに見つめた。

調べてみると、猫の病気はとても複雑なものだと分かった。
続けてインターネットで最寄りの獣医院も調べる。
あまり遠くはない。評判もそこそこな所だ。
早速、車を走らせて、mayaを連れて行った。
一刻も早く、元気になってほしかったからだ。
助手席に乗せていたmayaは、出発してから2つ目の赤信号でひざに乗ってきた。
甘えたがっている様だ。
Aijiはそれを拒まずに、運転しながらその体を撫でてやる。
雨はいつの間にか晴れていた。

あれから丸2日がたった。
mayaはすっかり元気になって、エサもよく食べるし、運動もよくしている。
Aijiが近づけば、甘える様に寄ってきて、撫でれば気持ち良さそうに目を細めている。
もう充分健康になったであろうmayaは、ある日一匹で留守番をすることになった。
無論、Aijiが仕事だからだ。
過保護な彼は、エサをはじめとしたmayaにとって不自由のない様に整えて外出した。

これから起こる奇跡も露知らず・・・


Aijiが異変に気付いたのは、帰宅してすぐだった。
確か、午後7時頃だったと思う。
「おかしいな・・・」
部屋中、どこにもmayaの姿が見当たらないのだ。
目に見えている所は勿論、家具の下にも上にも隙間にも、皆無なのだ。
・・・が。
(・・・これは・・・)
代わりとでも言おうか。
猫の代わりにしては随分大きいが。
ソファに人影があった。
横たわり、うずくまって眠る人影。
規則正しい寝息が聞こえる。
それに合わせるようにして、腰が上下する。
人影の推定年齢は20代前半。男性。黒いトップスにボトムは赤のタータンチェック。首には猫と同じ首輪を付けている。黒でスタッズ付きだ。
そして、Aijiが釘付けになったのは顔立ちだった。
目をつぶっていても分かるくらい美形だった。
少し日本人離れしている様にもみえる。
厚い唇がどちらかというと可愛らしい顔立ちの中で、色気をにじませていた。
豊頬は白く、触れてみたくなる。
(可っ愛いな・・・)
Aijiはそんな呑気なことを思うと裏腹に、どこか焦っていた。
猫はどこにいってしまったのだろう。
そして、
(この人・・・誰だ?)
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