novel

□sweeToxic
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(は〜ぁ・・・、フラれちゃった・・・。)
夕暮れのビル街を、とぼとぼと歩く青年、shinpei。
スーツを纏っている彼は、淡い色をした唇から深い溜め息をつく。
(でも・・・、用事があるなら、仕方ないよね・・・。)
突然、食事の約束をしていた会社の後輩に断られた。
かなり以前からの約束だったから、落ち込んでいる部分もあるが、それだけではない。
(今日こそ・・・言えるって思ったのに。)
shinpeiの後輩というのは、Chiyuという好青年だ。
その好青年に、shinpeiは秘かな想いを抱いているのだ。
しかも、ずっと以前から。
なかなか勇気が出せず、プライベートではタメ口で交わせる程の仲まで至ることができて、それからは何も進展なし。
少しでも親交を深めようと食事を計画していたのに、それもダメになってしまった。
shinpeiは、チャンスを狙って告白しようとしている。
無論、想いを告げて、恋人という関係に発展したいからだ。
とて、必ずしもOKがもらえる訳ではないし、それは賭けだ。
正直shinpei自身は、無謀だと思っていた。
(ん〜・・・、でも、このまま帰るのも、勿体ないしな〜。)
2人の務めている会社は、なかなかの都心にあるので、その周辺の店に予約をしていた。
・・・無論、すでにキャンセル済みなのだが。
(見たい番組も、録画予約してきたしな・・・。)
どうせなら、少しだけ夜の街を楽しんで、落ち込んだ気分を晴らしてから帰宅しよう、とshinpeiは駅へ向かった。

・・・十分前までは落ち込んでいたのに、今では、かなり落ち込んでしまっている自分がいる。
それは、電車を待っていたホームで起こったshinpeiの悲劇だ。
逃げるように駅から出る道の間、その一部始終が頭の中で堂々巡りをしていた。

(あ・・・っ! Chiyu君だ!)
長身の彼を見付けたのは、反対側のホームだった。
急用ができたと言っていたから、今から向かう所なのかも知れない。
(あ〜ッ、やっぱりChiyu君ってカッコいい〜)
無造作にホームで立っているだけなのだが、とりまく雰囲気が大人っぽくて、色気がある。
金髪や、覗く片耳のいくつかのピアスは少し恐そうだが、あの整った顔を破顔させて笑う表情や、性格は人一倍楽しくて、優しいのだということをshinpeiは知っていた。
足がスラッと長く、スタイルも抜群。
華奢なshinpeiと並ぶと、その男らしい骨太な体格がよく分かる。
(俺に気付いてくれるかな・・・っ!)
こちらが気付いたのだから、相手もそうかも知れない。
shinpeiは、意識して髪を気にしたり、身だしなみを確認していた時、反対側のホームに電車が滑り込んできた。
それに遮られて、Chiyuが見えなくなる。
(あー・・・、乗っちゃうかな・・・。)
しかし、電車が発進しても、shinpeiの不安をよそに、Chiyuはまだホームにいた。
・・・見た事のない女性と共に。
(い、いつの間に!?)
きっと、今行ってしまった列車に乗っていたのだろう。
降車して、迎えに来ていた人、Chiyuと合流した現場を正面で目撃してしまったshinpeiは、その場で立ち尽くした。
(え・・・、何、どういうこと・・・?)
彼は、その女性と仲むつまじそうにホームを降りていってしまう。
その時、Chiyuが何かに気付いて、こちらを見そうになったから、反射的に背を向ける。

・・・そこからの足取りは覚えていない。
そして、shinpeiはむしろそれを教えて欲しかった。
「ここ・・・、どこ?」
気が付けば、入り組んだ路地の中でぽつんと1人でいた。
辺りを見渡してみても、人が見当たらない。
灯りは少し離れた処に見える。
(あ・・・この道の出口かも。)
振り返っても、迷路のようだったから、仕方がない。
その灯りを目指して、また歩み出した。

(う〜ッ!大誤算だった!)
shinpeiはまた肩を落とす。
たどり着いたのは、その路地のつきあたりだった。
灯りに見えていたのは、つきあたりの建て物からもれていた紅い灯りだった。
(何ここ・・・、お店?)
黒くて重そうな扉は細かい飾りが見事なアンティークのような品物で、その隣りの窓も同じようなデザインだった。
黒のカーテンが閉まっていて、中は分からない。
紅は、この隙間からもれていた。
(ずい分お洒落なとこだな・・・、こんなとこあるの勿体ない。)
人のいない裏路地のつきあたり。
民家か店かは分からなかったが、とりあえずshinpeiはきびすを返し・・・
「痛ッ!?」
・・・足への衝撃。
ゴッという音がして、何かがアスファルトに倒れた。
暗くてよく見えないが、しゃがみ込んで、それらしきものを見付ける。
倒れたのは、おそらく看板のようなものだった。
紅に照らされて、文字が読める。
(あなたの恋、叶えます 『sweeToxic』・・・?)
2ッ折りで、横から見ると三角形のそれを元々あったような姿で地面に立て直した。
(恋叶えますって・・・ここのことだよね?)
建て物を再び見る。
(占いとかかな?)
切実に恋に悩む青年、shinpeiにとってそれは魅惑の響きだった。
(そりゃあ、飲んだら恋が叶う・・・とかなら、一番嬉しいけど・・・。)
黒い金属の冷たいドアノブを握る。
(どんなお店なんだろ・・・!?)
今、shinpeiを動かしているのは、ほんのちょっとの好奇心と、計りしれない恋心だった。
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