短編

□みさおとみんな〜蒼紫嫌われるの篇〜
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7月上旬。
梅雨も明け、一気に夏が近付いた今日この頃。

蒸し暑さに、じっとしているだけでも、じわりと汗が出る。


だが、今の葵屋の人間はそんな事とは無縁な冷や汗をかいていた。




―――操が。
「蒼紫様大好き〜」を毎日と言っていい程連呼しているあの操が。

「大きらいっ!!」

と言ったのだ。


運良く蒼紫本人は今いない。任務で昨晩から奈良まで出向いていたが、今日中には戻るだろう。


蒼紫は普段どんな事にも動じない冷静沈着な人間だが、操の事になると表情が豊かになる。

この現状を突き付けたら何が起こる事やら。


何せ、操が蒼紫を嫌いと初めて言ったのだ。
蒼紫がどんな反応を示すのか……興味はあるが、恐怖が上回る。

とばっちりを受けたくない。
未知数な事程恐い物はないのだ。






「操ちゃん、どうしたの?何かあったの?」

「お嬢っ、どうしたんです?」

お増と黒尉が操の部屋の前でおろおろしながら話し掛けるが、返ってくるのは鼻をすする音と呻き声だけ。


部屋に入っていいのかも分からない為に、皆障子を挟んで操に呼び掛ける。


「操ちゃん、ほら。蒼紫様がもうすぐ帰ってくるわ。一緒に迎えに行きましょう?」

『あおし様なんて知らないっ!大きらいっっ!!』


部屋の中から再び泣き声が聞こえだす。


「どうしよう〜、蒼紫様本当にもうすぐ帰ってくるんじゃ………」

「話を聞こうにも、これじゃあ……」


打つ手なし。

どうしたものかと、お増達4人は頭を悩ませた。


「そっとしておきなさい。今回の事に関しては蒼紫が悪い。あやつがどうにかするしかないの」


翁がそんな4人の前に現れた。

「翁っ……何か知っているのね」

「まぁの、蒼紫の奴がどうやって操に謝るか……楽しみじゃの〜」

ひょっひょっ、と笑いながら去る翁。4人はお互い見合った後、事情を聞く為に彼を追い掛けた。










お昼過ぎ、般若を伴い蒼紫が戻ってきた。

忍装束の為、裏口から葵屋に入るのだが、いつも出迎えてくれる操がいない。


「何か……静かですね」

「あぁ……」


操の声がしない。
昼寝でもしているのだろうか。
だがしかし。

この葵屋を覆う何とも言えない空気はなんだ。

二人が不思議に思っていると、ちょうどお近が廊下を歩いて来る姿が目に入った。


「近江女、操様はお昼寝でもされているのか?」


般若がお近を呼び止める。

ピタリ、と歩みを止めると、彼女は冷たい視線を二人に送る。

彼女にしては珍しく、二人を見下した表情だ。

「あら、お帰りになっていたのですか。お務めご苦労様でした」


それだけ言って、彼女は颯爽と去っていった。

「なんだ……?」

般若は首を傾げる。
彼女にあんな風に見下される心当たりがない。

「………翁の所へ報告しに行くぞ」


お近にあんな態度をとられた蒼紫だが、なんのその。動じずに翁の部屋へ向かう。







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