短編

□みさおとみんな〜蒼紫嫌われるの篇〜
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二人は一度着替え、翁の元に向かった。

その際にお増と擦れ違ったが、お近同様に冷たい目を向けてきた。
黒と白は、苦笑い。

そして翁に至っては、満面の笑みだ。


「―――報告ご苦労。ところで蒼紫、操にはもう会ったかの?」

「いや、まだだ。昼寝でもしているのか?」

「いんや、起きてる。部屋に行ってみてはどうじゃ」

どこか楽しげな翁に、何か企んでいるな。と眉間に皺を寄せる。


蒼紫は静かに立ち上がると操の部屋へ向かった。

――何故か翁もついてきた。



閉められた障子の前に立つが、部屋の中から物音一つ聞こえてこない。


「操、俺だ。いるのか?」

『―――……ぁ、おし…様?』

「あぁ。入っていいか?」

いつもなら快い返事が帰ってくる。
今回もそうだろうと障子に手をかける…。


『、だめっ!入ってこないでっ……あおし様なんて……大きらいっっ!!』








視界の端で、般若が口を手で覆うのが見えた。

そして翁の憎たらし笑い声が耳につく。


「操に嫌われたの〜。まぁ女心が分からん奴には自業自得じゃ」

「………女心?」

「自分の胸に手を当ててよぉく考えてみよ……と言いたいが、きっと無理じゃな」

あからさまに溜め息をつかれ、苛立ちから拳を握る。


「この貸しは高くつくぞ」

そう言って翁は懐から藍色の布切れを出した。

それには見覚えがあった。

それは昨晩、自室にある机の上にいつの間にか置かれていたのだ。


それを蒼紫は屑籠に捨てた。

何故なら、見栄えもあまり良くなく、何より身に覚えの無いものだったから。


それは所々皺が寄っていて、薄らと汚れていた。


「これはな、操がお前の為に作った手拭いじゃ」

「、っ!?」

「皺が寄っているのは、慣れぬ針を使った為。汚れているのは針で指を刺してしまった時の血じゃ」





この暑い時期。
任務で汗をかく蒼紫の為に操は翁に教わりながら手拭いを作った。

糸を真っ直ぐ縫う事は出来ずに皺が寄り、操の血で少し汚してしまったが、藍色の為にそんなに目立たない。
よく洗えば消えるだろう。


操は出来上がった手拭いに喜び、夜寝る前にこっそりと蒼紫の机の上に置いた。

翌日任務の為、机から無くなっていれば、きっと持っていってくれたのだろうと分かる。


だが翌朝、藍色の手拭いは屑籠に虚しく捨てられていた。


その場で操は大泣き。
通りかかった翁が慌てて部屋に入れば、屑籠の前で泣く幼子。

覗き見れば、なるほどこれは……と合点がいった。






「その後操は自室に籠もり、一向に出てこぬ」


翁は自分の手拭いで目尻をわざとらしく押えて、泣く振りをする。


「女心が分からぬような男に、育てた覚えはないんじゃが………」

「……貴様に育てられた覚えなどないっ」


蒼紫は翁から藍色の手拭いを奪う。

「まぁ精々、操に謝ることじゃな」

ひらひらと、手拭いを振りながら背を向け去っていく翁。


般若も気を遣ってその場から静かに去った。



蒼紫は二人が去ってから少しして、小さく深呼吸した。


「…、操。俺が悪かった……中に入れてくれないか」

『……やっ』

「頼む…」

『………ゃ、ぁ……』


操の否定が少し弱くなった。

「ちゃんと操の顔が見たいんだ……」

『……………』


拒否の言葉はなかった。

蒼紫がゆっくりと障子を開けると、腹にドン…と何かがぶつかってきた。

「操……」

ぶつかってきた物―――操は、蒼紫の太股にぎゅっ、と抱きつく。


泣いているのか、震える肩を撫でて、蒼紫はその場に膝をついて操と目線を合わせる。


「本当にすまなかった……操が作ってくれたのに」


「汚いから捨てたの?操が作ったのだから捨てたの?」


「操が作ってくれた物だと分かっていたら、捨てない。絶対だ」

「でもソレ、屑籠にあったもん」

「あぁ、俺の勘違いだったんだ。本当にすまなかった」

「……使ってくれる?」

「勿論だ。大切に使う」

「じゃあ…許してあげる……」

蒼紫はほっ、と心を撫で下ろす。

操は泣き疲れと、蒼紫との和解で緊張が解けたのか、一気に眠気に襲われる。


「操を泣かせてしまったお詫びに、今日は一緒に昼寝をしよう」


蒼紫は敷き布団を敷いて、操と一緒に眠る。


「……みさお…起きるま、で……いて…ね……」

「あぁ、約束する」


その言葉に安心したのか、すぅ、と操は眠りについた。










その日の夕刻には

いつもの元気な幼子の声が葵屋から聞こえてきたのだった。



余談だが。
それ以降、蒼紫はその手拭いをとても大切に使った。

そして更に余談だが。
蒼紫を冷たい目で見ていた女性二人を説き伏せたのは般若、だったとか………。





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