修兵

□伝えたかった
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ぐでーんと机に突っ伏した。


窓を叩く雨の音に顔を向けると、涙が机に引っ付いている頬へと伝って机を濡らした。


なんで



泣 い て る ん だ ろ う ?




別に友達と喧嘩をしたわけでも、誰かとさよならをしたわけでもない、悲しいわけではない。

それなのに、どうしてか目からは涙がこぼれる。

誰もいない教室には、雨が窓硝子を叩く音と風が建物を吹き抜ける音だけが響いていた。


なんだか心が空っぽになったみたい


涙で濡れた机も、硝子窓も教室も机も黒板も、何もかもが意味を失ったように感じる。





「…霧島?」





私一人しかいないはずの教室に、低い男の人の声が響いた。


その声に少しずつ脳が働きだした。

黒板、机、窓、全てが意味を取り戻す。

そして、涙の意味も…ゆっくりと脳が理解をはじめた。

理解していくと同時に涙の量が増す。

それは制御することはできなくて、止めることは私にはできなかった。





「いつまで残ってるつもりだ?」





その声の方向から先生が教室の入口に立っていることがわかった。

少し困ったような先生の声に、私は体は動かさずに口だけを動かす。





『傘忘れたから…親に迎え頼んで待ってるの。』





発した声が震えていなかったのは、演劇部だった私の努力の賜物だろうか。

だから、きっと檜佐木先生は気づかない。


涙は制御できないくせに





『先生は早く帰らないと、奥さん心配するよ?』

「…余計な世話だ。」





顔は見なくても、先生の声のトーンで照れているのがわかる。

いつもより少しだけ高い声のトーン。



先生は幸せなんだ



私が高校最後の年に恋をしたのは、真っすぐで優しい先生だった。



その先生は今度式を挙げるんだって

綺麗な奥さんと結婚式を





『檜佐木先生…、結婚おめでとう。』


「…おぅ、じゃあな。」





足音が去っていく音を聞きながら、私はゆっくりと瞼を閉じた。

涙が頬を伝ったのは、もう何回だったかわからない。



そうだ、何で泣いているか思い出したよ





『好き…だったのになぁ。』





秘めた思いさえ、告げられないのが

悔しかったんだ



机から顔を上げると、外の雨はもう止んでいた。





End.
 

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