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□子猫と赤いハイヒール
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僕はとぼとぼと公園を歩いていた。
彼女にフラれるわ、スーパーの駐輪場に停めてあった自転車は盗まれるわで、大変な一日だった。
夕暮れ時の森林公園を通り抜け、自分のアパートに帰ろうとしていた。
と、藤棚の下にいた子猫を見つけた。
親猫の姿は近くには見えない。
人を警戒する様子もなく、じっと夕日の中にたたずんでいた。
子猫は僕を見つけると、可愛い声で鳴いた。
「お前、腹が減ってるのか?」
言いながら、僕はそっと近づいた。
子猫はまた小さく鳴いた。
「よしよし、お兄ちゃんが今、ミルクをあげよう…可哀想に、親とはぐれたのかな」
僕は子猫の前にしゃがみ、さきほどスーパーで買ってきた牛乳を出した。
しかし容器がない。
辺りにも、代わりになりそうな器は転がっていなかった。
「困ったなあ」
頭を掻いてしばらく思案に暮れていたが、そうだ、とあることを思い出した。
彼女のために、バイトで貯めた金を奮発した赤いハイヒール。
「こんな趣味の悪いのいらない!」と突っ返されてしまったが、思わぬところで役に立ちそうだ。
他にあげるような女の子も残念ながらいないし、この子猫にプレゼントしてしまえ。
「将来、美人な猫になれよ…すっごく高かったんだからな」
僕は靴の箱からハイヒールを取り出し、その中になみなみと牛乳を注いだ。
子猫は一心不乱に牛乳を舐めた。
長い時間、僕は子猫の食事を眺めていたが、そろそろ日が沈むので部屋に戻って洗濯物を取り込まなきゃと思い、子猫の頭をなでてその場を立ち去ろうとした。
と、子猫は僕を見上げ、
「ありがとう。一生大切にするわ」
と言った。
呆気にとられている僕の前でぶかぶかのハイヒールを履くと、しっかりとした足取りで森の中に消えていった。
〈END〉