sideB
□妻の赤飯
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僕が死んだ日、妻は赤飯を買ってきた。
暗い台所、明かりもつけないで、妻は透明のパックに詰められた冷め切った赤飯を食べた。
なぜだろう。
問うことはできない。
だって僕は死んでいるのだから。
妻とは、何の問題もなかった、多分。
知人の紹介で付き合いはじめて、一緒に住むようになった。
三年後に結婚した。
妻は社員からパートに切り替えた。
たまの休みに外食をする余裕はあった。
子供はいなかった。
なのになぜ、赤飯か。
問うことはできない。
僕は死んでいるから。
死んでいるなら、なぜ妻の様子が窺えるのか。
わからない。
僕は本当に死んでいるのか?
思い出せ、思い出せ、というのは誰の言葉だ?
わからない。
妻は赤飯を食べている。
暗い台所で、一人きりで。
「ねえ」
妻は、箸を持ったまま言った。
「見えてるんでしょ、ねえ」
ああ。
お前の小さな手、いつまでも直らなかったおかしな箸の持ち方、上部にひびの入った漆塗りの箸、赤飯にかかった胡麻塩のひとつぶひとつぶまで見えてる。
どうして赤飯なんだ。
僕のことを、憎んでいたのか。
「何とか言いなさいよ、あたし、あなたが死んだ日に赤飯なんか食べてるのよ。ねえ。見えてるんでしょ。そこにいるんでしょう、言いなさいよ、バカ」
バカとは何だよ。
お前、自分の亭主にバカとは。
怒鳴ることは、できなかった。
僕は死んでいるから。
「ねえ、何とか言いなさいよ。…ねえ」
妻は言い続けた。
言い続けながら、泣いていた。
赤飯はいつまで経っても減らない。
〈END〉