sideB

□鼻とハードボイルド
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マッチを使った方が断然うまいとか、吸うより飲むと表現した方が玄人っぽくて様になるとか、そういう法則なるものを見つけなければならないと彼は思った。

ただし彼が扱うのは、火気ではどうにも対処のしようがなく、吸うだの飲むだのしようものなら口へと逆流し、独特の甘い塩気と舌触りの気持ち悪さにむせ返ること受け合いの、実に厄介な代物である。

とりあえずそれらしく変装でもしてみようかと思いつき、彼は商店街の洋品店でキャメルのダービーハットと、同じくキャメルのトレンチコートを購入した。

給料日前で信田丼と素うどん続きだったが、こういう他人からの理解が得難い箇所に金をかけることを厭わない精神は、まさに彼が目指すそれに値すると、彼は自画自賛しほくそ笑んだ。にやり。

さっそく彼は洋品店からアパートへと帰り、休日だというのにスーツを着込み、その上から真新しい帽子とコートを装着した。

しかし、普段の生活はいたって庶民派の彼が住んでいる畳敷きの一間には鏡がなかった。

しまった、彼女に姿見を借りておけばよかったと後悔したが、気を取り直した。

女に頼ってはいけない。
女に泣かれ頼られ縋られても陰のある背を向け深い霧の中へ、右手に挟んだあの象徴的な静物を道端に捨てつつ、無言で去っていかなければならないのだ。

いや、公共衛生に悪いからポイ捨てはいかん、と彼は一人で憤怒し、それでも女に泣かれ頼られ縋られても陰のある背を以下略なのだから、自力で、あくまでもクールにことを遂行せねばならんと、彼は脱衣所を兼ねた狭い洗面所に赴いた。
そこには唯一、鏡がある。

彼は排水口に抜け毛のいっぱい詰まった洗面台の鏡の前に立ち、帽子を手に持ってみたり斜めに被ってみたりと試行錯誤すると、やや目深に被り右斜め三十度を向き、今まさに脱がんとせんばかりに帽子の中央を軽く掴むポーズがベストであることを発見した。

この鍔と腕の傾斜が描く絶妙のバランス。

彼はしばし悦に浸ったが、やがて腕がぷるぷるしてきたので、腱鞘炎になることを恐れて、やめた。

ポーズはよい。
問題はその後だ。
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