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□ベルトの幽霊
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ふと目が覚めると豆電球を灯した薄ら明かりの中で、クローゼットの隙間から白くて半透明のベルトがぬーっと出て主人と私が寝ているベッドに伸びてくるのが見えた。
ベルトはベッドの一メートルほど手前までくるとまたクローゼットに戻り、再度伸びてきた。

何とかして私の首を絞めようとしているんだわ、と思い、私は恐怖した。

あれはベルトの幽霊に違いなかった。

去年の九月、主人が休日に出掛けたきり行方をくらました。会社の同僚や学生時代の友人を尋ね回っても捕まらないし、携帯電話もつながらなかった。
どこかの女のところに転がり込んだのね、この野郎、この野郎、と家中の皿や置物を壊して暴れ回ろうとしたのだが、勿体なくてできず、かといって悔しさや怒りがおさまるはずはなく、私は主人の衣類を切り裂くことにした。

帰ってこないなら必要ないでしょうよ、ざまあみやがれ、と私はスーツからシャツから下着から、全てに切り込みを入れびりびりに破いた。
引きちぎる時の繊維が裂ける感じは、私に少しの安らぎをもたらしつくれた。
中には、牛革のベルトも数本含まれていた。
包丁で細かく切断した後、他の物と一緒に燃えるゴミとして出した。

その後、私は満身創痍の主人と再会した。主人は一人で山菜採りをしていたところ足を踏み外して崖下に転落し、約二十日後に登山客に発見され虫の息で救出されたのだ。

主人が入院している間、私はショッピングセンターや通販で紳士物の衣類を買い漁った。
何かにつけて鈍感な主人は帰ってきても、自分の衣類が一新されたことに気が付かなかった。

あの時のベルトが、私を殺そうとしている。
精一杯の恨みを込めて切断したあの牛革のベルトが。

隣で私に背を向け寝ている主人のパジャマを掴んだ。あまりの恐怖のため声は出なかった。心臓が異様な速さで脈打ち、全身に汗をかいた。

ごめんなさい。ごめんなさい。どうか成仏してちょうだい。

私の気持ちが通じたのか、ベルトの幽霊は消えた。
その途端、掴んでいた主人のパジャマが、びりっと裂けた。
〈END〉

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