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□その少女、少年につきマネージャー
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ぐるり、ぐるり。
何かドロリとした物が、この胸の中をゆるりと回る。

あぁ、気持ちが悪い。

一つ手の内に収めては籠に投げ入れるという作業を繰り返す。
後ろから、誰ともつかない声で文句を投げられたが気にしない。

籠がボールで埋まっていく度に、この胸中に広がるドロリとした物。

気持ちが悪い、気持ちが悪い。

だが、それを振り払う術もない。

早く終わらせてさっさと帰りたい。
あぁ、でも。帰った所で妙に優しい親があたしに気を遣ってくるだけか。
遣る瀬無い気遣いが、あたしの不快感を煽るだけとも知らず。

ふと、ボールに伸ばしていた手に、黄色い球がぶつかる。
鈍い音がしたそれは、もしかしたら骨が折れているのかもしれなかった。
じとりとぼやけていく視線に、精神が着いていかない。

硬式のテニスボールが、少なくともあたしが避けられない程度には速い速度でぶつかったのだ。
普通に考えて、怪我をしないわけがない。
あぁ、だけど。
痛いのだけど。
胸を占めていた、ドロリとした物はいつの間にかなくなっていた。

「あの、すいません。ボール当たっちゃいましたか?」

あぁ、このボールを打った犯人かと視線を投げるとおどおどと視線を彷徨わせる銀髪の長身が居た。
名前は、何と言ったか。
漫画の登場人物だったことは、薄っすらと覚えているがこの子はこんなイジメじみた事をするようなキャラだったか。
それとも、漫画に掲載されていない場面での彼はそんな性格なのだろうか。
どちらにせよこのまま黙り続けるのも悪いだろうと口を開くと、呻き声が漏れた。

銀髪が、目を見開く。

「ごめ、ん。」

何故か謝ってしまったあたしに、彼は余計に混乱してしまったようで大丈夫だとヒラリと揺らして見せた手を彼は掴んだ。
実際、ヒラリと揺らした時点で痛みは半端なかったし、それ故に流れた涙も地面に落ちていたのだけど。
それでも、怪我をしている手を掴まれると堪えていた呻き声も零れてしまう。

「・・・すいません。怪我、してますね。」

掴んだ手をゆるりと撫でて、彼はしょぼんと眉をはの字に下げた。

何故。

あたしに向かってボールを打ったのではないのか。
やる気のない部外者に苛立って、あたしに怒りを覚えたのではないのか。

そこであたしは、今回の件が事故なのだと理解した。
それと、同時に晴れていた胸中もドロリと濁る。
あぁ、これは、罪悪感か。
あたしのエゴに巻き込んだ、男子テニス部に対しての、罪悪感だ。

罵って、くれたら。
蔑んで、くれたら。
あたしは罪悪感など抱くこともなかっただろう。
だけど、あぁ、この世界の人たちは優しすぎるのだ。

跡部の無理やりな取引も、優しさだとは知っていた。
精神面では彼らよりも年上で、ほんの少しではあるが彼らよりも長く生きているが故に、跡部があたしにはめた首輪はあたしを守るためのものであると知っていたのだ。

あたしが、非難された時跡部という後ろだてはとても大きな武器になる。
恐らく彼の名を出すことで、少なくとも表面上はあたしを非難することも罵倒する人は少なくなる。
それは、あたしのためではなく生徒会長としてこの学園を守るためにはめた物かもしれないが、あたしにとって有難いものであることには変わりなかったのだ。

それなのに。

あぁ、違う、あたしの中で跡部は嫌味な人間でなくてはならないのだ。
だから、この首輪は、 跡部の自分勝手な自己満足ではめられたものでなくてはならないのだ。

あたしは、銀髪の手を振り払った。
鈍い痛みがじくじくと手の甲を侵食する。
思い出した。この銀髪の名前は。

「君のせいじゃない。あたしの不注意だから気にしないで。・・・鳳君。」

あたしの、この行き場のない怒りを背負って貰うために跡部を敵とし、目の前の彼に罪悪感を押し付ける。
最低な人間だ。
彼らよりもほんの少しだけ長く生きたあたしは、そんな汚いことを学んでしまったらしい。

とりあえず、いっぱいになった籠を怪我をしてない方の手で邪魔にならないように隅に運び、跡部に病院に行く旨を伝えに行くのだった。













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