W

□その少女、少年につきマネージャー
3ページ/3ページ


しまった、と思った時には遅かった。
速い割にコントロールができていない、どちらかというと速いからコントロールが出来ないのかもしれないけど、そんな俺のサーブは隣のコートへと真っ直ぐに飛んで行った。

またか、と呆れたようにため息をつく練習相手にすみませんとこちらも苦笑いで謝罪して、ボールが飛んで行った方へと足を運ぶ。
恐らく俺が出て行ったコートは、誰か別の人に占領され、また、黄色い小さなボールが飛び交うだろう。
そんな光景はよくあることだったのだけど。

隣のコートには、制服姿のままの、見慣れない“マネージャー”が居た。
少し前に跡部さんが連れてきたマネージャーだった。
やる気のない態度なのに、ドリンクやタオルをいつの間にかベンチに置いていく不思議なマネージャーだ。
優秀なマネージャーというには愛想がなく、貼り付けたような笑顔を浮かべ、名前だけのマネージャーと言うには丁寧に作業をこなすなぁと言うのが、俺の評価だったから、まさかと頭をよぎった可能性に鳥肌が立った。

もしかして、当たってしまったのではないかと。

「あの、すいません。ボール当たっちゃいましたか?」

戸惑いがちに声をかけると、涙で濡れた瞳が向けられる。
ゆらゆらと揺れる瞳は、涙を堪えているようにも見えたし戸惑っているようにも見えた。
それでも、俺の胸に広がったのは安堵だった。
涙を浮かべているから、ぶつかってしまったのだろうけど、涙を堪えられるなら、きっと対した怪我ではないのだろうと。
そっと息を吐くと、緊張も一緒に抜けてしまって、肩が下がる。
口を開こうとしない目の前の、見た目だけは女の子の彼にもう一度安否を問おうと口を開くと、同時に彼の口から呻き声が漏れた。

小さく、吐息混じりのそれは、まるで、堪えていたものが零れてしまったというようで。
罪悪感というよりも、驚愕の方が強く胸に広がった。

彼の、早咲さんの口から謝罪が零れたのも、驚愕を色濃く残す要因だった。
彼が、こんなにも健気な人だと思わなかったのだ。
跡部さんに当たる姿を見ていたから。
大人しく跡部さんの言いなりになっていながらも、不快感を隠そうともしない表情から気の強い人だと決めつけていた。
本当は、とても優しい人なのではないかと考えを改める程に、痛みを堪えながら笑みを浮かべようとするのだ。
思わず、ヒラリと無理して揺らす手を掴む。

痛々しい。

「・・・すいません。怪我、してますね。」

今更になって、罪悪感が込み上げてきた。
早咲さんが、俺の印象そのままの人だったなら。
ただただやる気のない、邪魔になるだけのマネージャーだったなら。
きっと、だけど、こんなに胸を締め付ける程罪悪感を抱かなかったと思う。

俺は、優しいと評されることが多く、その評価を否定しながらも漠然と人よりは優しいのだろうと思っていたけれど。
きっと本当に優しいと評されるべきなのは、目の前のこの人なのだ。
あぁ、宍戸さんは目の前の人を何と言っていたっけ。
誤解してはいなかっただろうか。
宍戸さんも、早咲さんのように、とても優しい人だから、芯のある人だから、きっと見誤ったりすることはないのだろうけど。

無意識に痛々しく腫れた患部をゆるりと撫でていた手を、急に振り払われる。
痛かったのかもしれないと、少し反省しながらも彼と目を合わせるとぞくりと体が震えた。
冷たい、目。

先ほどは無理やりだけど、優し気な笑みを浮かべていたのに。
その目は、なんだろう。
俺の語彙力じゃちょっとうまく表現出来ないけど、日吉よりももっと冷たく俺を射殺さんばかりの視線だった。
何か大切な、自分を束縛するものを自覚したような。
それでいて、口元は痛みを堪えながら笑みを浮かべようとする健気なままでゆったりと言葉を紡いだ。

「君のせいじゃない。あたしの不注意だから気にしないで。・・・鳳君。」

口元に浮かべられた笑みと、優しい言葉は噛み合っているのに、鋭い目だけがちぐはぐで、振り払われた手と合間って、まるで、関わるなと言われているみたいだった。
それなのに、俺の名前を覚えているという矛盾が、罪悪感をこの胸に残す。
暗く、深い罪悪感。
何の罪もない彼を、少なくとも俺を嫌ってはいなかった彼を傷つけていながら、罪の意識よりも驚愕に囚われた事に対する罪悪感が胸を占める。
早咲さんは健気に、自分のせいだと言った。
本当は全て俺が悪いのに。

嫌われた、のかもしれない。
何の迷いもなく踵を返す彼の背中を見て、何故だかとても泣きたくなった。










前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ