V

□Five
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止んだ雨がもう一度降り出すことも無くほんの少し湿気の含んだじとりとした空気の中思わず足を向けた屋上。

私には少しだけ重いと思う扉がギーと鈍い音を立てた。
普段足を運ばない場所で、くるりと周りを見渡す。

すると、視界の隅に空とはまた違う、綺麗な青が入った。
あまりにも綺麗な青だったものだからしばらく見つめていると、一瞬だけ雨の日特有の湿っぽい空気が頬を掠める。
その一瞬の隙に青はゆっくりと私へと視線を重ねた。

目があった瞬間心の中でカチリと音を立てて何かがはまる。

その優しい笑みの中に隠した威圧感に思わず体が震えた。
この人は、ハートの女王様だ。
あの、アリスを処刑台にかけようとする。

「キミは・・・」

ハートの女王様は少しだけ首を傾げて、二コリと笑みを貼り付けた。
切原くんとは間逆の笑みを。

優しげで、儚げで、どこか威圧感を持ち合わせたそんな笑み。

その笑みに魅せられたように私は口を開く。

「貴方はだぁれ?」

若干震える声で問いかけると、女王様からキミは誰?と返された。
その問いかけに言葉をつまらせる。

アリスも私。
早咲夢羽も私。
どちらが私かなんて私にはわからないよ。

何て答えればお気に召すのか、ひたすらに頭を働かせる。

思わず少しずつ後退りをしていた足を半ば無理やり叱咤して立ち止まると背中の方で鈍い音がしてドアが開かれた。

瞬間、私は堰を切ったように走り出す。

ドアの向こうに黒い髪を帽子屋さんと同じくらいの長さで切り揃えた人と肌の黒い人を見て、呑気にもハートの王様とトランプ兵に思えて会釈する。

何故か心に思い浮かべるのは切原くんの顔だった。








 

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