【短編】

□飴玉の唄
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俺はアンタに信じるって言われた。だから信じたんだ。

信じたからもう傷つくことも無くなった

それなのに………なんでこんなに不安なんだよ





飴玉の唄





FFI終了後俺たちは最高の状態で解散した。それは全部初めからわかっていたことで予想通りの展開であるはずなのになぜか心には変な空間が出来てしまったみたいで落ちつかなかった。


「不動!またな」


宴もたけなわ。そんな時、そう自分へ声をかけてきたのはほかならぬチームキャプテンの円堂だった。きっとコイツはチームから控えの奴から監督から顧問、マネージャーに至るまでみんなに声をかけていたんだろう。にっと歯を見せて笑うその表情は今日の宴で一番よく見た表情だったように見える。

…あぁ…俺、何でコイツが笑ってたってわかったんだ?…

不思議だった。またなといった本人は不思議そうにこっちを見ている

…あ…まだ何も返して無かったっけな

またなと言って相手の差し出された手を握ると再びこちらが恥ずかしくなるくらいの満面の笑み。出来れば一緒に笑いたかった。でも、今日急に出来た心の隙間が気になって…なぜか笑えなかった。


「不動?」


普段は鈍感なはずのキャプテンが心配そうにこちらを見てくる。慣れたはずの視線なのに…なぜか胸の隙間が痛んで直視できない。


…なんだ?…


わからなかった。自分自身が。その瞬間に円堂に声がかかるコイツはチームのキャプテンで何よりも誰よりもチームや仲間に愛されていて…人気があるのは分かっていただから声のほうに行けよと視線で分からせぷいっとそっぽを向いた。

それがその日の最後のやり取りだった。





あの世界大会以降、俺に対する周りの評価というものは180度反転したような状態だった。雷門に行ってしまったというのに未だに根強く残っている鬼道シンパな奴らが急に馴れ馴れしくしてきたり学校の教師や自分の親まで態度が変わってくれた。これもイナズマジャパン効果なんだろうと思うと何だか意気消沈して俺は随分適当な態度を取っていた気がする。

楽しくなったはずの学園生活はすっかり楽しくないものになっていた。

楽しいのはサッカーをチームでして居るときだけで…何だか無性にボールが恋しくて仕方なかった。

そんな時急に佐久間からメールが入る。


「…あ」


内容は練習試合兼勉強会のお知らせで対戦チームは雷門中学現役三年生からだった。

驚いた
いや対抗試合に驚いたんじゃなくて
その記事を読んだ後の自分の変化に驚いたのだ

その日から急に日常に色がついた気がした





窓からは薄明かりが差し込んでいる。いつもであればすぐに出来るはずの覚醒が今日は上手くいかない。今日は練習試合の当日なのにいつも以上に重たい頭は頭痛を伴っていた。とりあえず体温を測って大丈夫そうなら風邪薬でも飲んでやり過ごすしかない。ふらつく足元で地を踏めば浮遊感と嫌悪感がない交ぜになり感じたことの無い不協和音が身体を満たした。やっとの思いで風邪薬を飲み、体温を測ると熱は39度を越えていた。


……流石にこれじゃ…今日のサッカーは無理だな


自分でもバカかと思うくらい楽しみにしていた分だけあの日から空いた心の穴に響いた気がして…とりあえず休む連絡を入れようとリビングの椅子から立ち上がった

まだ熱が上がるのだろうか関節の痛みと共に吐き気を伴った不快感がまた強くなった気がして苦笑いする。

今日はあいにく家に誰も居ない。俺の家では家人が居るほうがいつも珍しい。両親は共働きなのだ。そうでなければ出来てしまった多額の借金や俺の学費や日常生活に支障をきたす。そういう家なのだ。自室に戻るために歩みを進めながら二人の予定は夜寝に帰ってくる以外家に帰ってくることは無いことが分かる。とりあえず、体調が悪くなったことをメールくらいしといてやろうと思っているとやっと自室にたどり着く。
歩いて数分もかからない室内の移動に苦労しながらベッドの脇においてある携帯を握る。


…あ、その前に…今日欠席すること伝えねぇと…


自分ひとり居ないところで試合が無くなる訳ではない。でも一応連絡を入れるのがいいだろう。何せ…俺は期待していたのだ。少なくとも…日常を一変させるくらいには…
何も考えず携帯を開くとメールが一通届いていることに気がついた。熱のためにかすむ視界でそれを確認すると思いもよらない名前に一瞬頭にかかった霞が吹っ飛ぶ。


「…なんで…だ?」


急いでその珍しい名前の主から届いたメールを開く。そこには「今日の試合楽しみにしている」といった内容と…俺に対して何してる?とかどんな技使えるようになったか明日教えて欲しいとか…俺についてのことが並んでいた。


「…っ!!」


目の前がぼやけた。熱といいメールといい限界だった。電話は出来ないまま意識は飛んでいた…無意識に押した指は画面に「送信しました」という文字を点滅させていた。
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