【短編】
□呆れるほどに永遠を望む
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すべて突き放せば良いと思っていた
お前に会うまでは
呆れるほどに永遠を望む
ただ好きだったんだ。その好きだって思う心はいつだって俺にやる気と達成感を与えてくれる。それは人として生まれてきて皆に平等に与えられた筈の自由だ。
それがあるのが当たり前だと思っていた
それが崩れたのは、母さんが死んだときだった
ショックだった
大きな声でみっともなく母さんの名前を呼びながら泣き叫びたかった。神様に文句を言いたくて仕方なくて……でもどれも自分には出来なかった
その日以来父さんは変わってしまった
だから…自分も変わらずには居れなくて…それでも家族四人で笑いあったサッカーを捨てることは出来なかった
サッカーさえ続けてたらなぜかすべてが元通りになる気がして必死に練習した。サッカーだけは俺を裏切ることが無かった。練習すればするだけ強くなれたし、塞ぎ込む妹にも笑顔を取り戻してくれた
嬉しかった
好きなことをするだけで無くしたものが戻ってきたことが
楽しかった
練習する度に戻ってくるものが大きくなっていくことが
サッカーは裏切らない
そう思っていたのにある日突然俺は裏切られた
夕香が事故にあったのだ
俺の試合を見にくる途中で
目の前が真っ暗になった
だからその時思ったのだ俺は好きなことを続けたらいけない人種なのだと
だからサッカーを捨てた
サッカーなんかより俺には妹が夕香が大事だった。夕香が………家族が………これ以上減ってしまうなんて絶対に嫌だった。母さんの忘れ形見を絶対に手放したくなかった
俺は気付いたらぼろぼろになってた
格好は一切変わらない。でも心はズタボロで…だらだらと真っ赤な血を垂れ流していた
そんなときお前が現われたんだ
「サッカーやろうぜ?」
神様は残酷だって思った。お前は、お前の周りはこれでもかってほど幸せに満ちていて………向けられる笑顔が痛かった
お前の姿が…辛かった
でも、神様は俺を見捨てたわけじゃなかった。お前は神様が俺にくれた最高の救いで…サッカーを…大好きな俺のサッカーを拾って、包んで、治して俺に返してくれたんだ。
嬉しかった
サッカーが俺の中に戻ってきたことが
楽しかった
新しく出来た仲間が、こっそりと抜け出せずにいた自分の心を見抜いてくれたお前とサッカーを心から楽しめることが
以前のように好きなサッカーでも以前とは何かが違っていた
いい意味か悪い意味かそんなのわからない
「ナイスシュートだ!豪炎寺!」
何が変わった?チーム?練習場所?練習時間?
「その調子だぞ!豪炎寺!」
閉じた心の傷…もう鮮血は流れない…流れた場所は塞がって違う何かが満たしている…満ち足りた心
それなのに新しい場所から湧き上がる何かが違うと告げてくる
渇望している。固執している。塞がっている。
「ほら!シュート打ってこいよ。豪炎寺!勝負だ!」
思いっきりボールを蹴る角度は右上隅の一点狙い球筋はもちろんファイアトルネード
「ゴッドハンド」
見切られ大きな爆音と共に捕られてしまう
嬉しい…楽しい
悔しいことが楽しい
悩むことが嬉しい
おかしいことが嫌いじゃない
その時わかったんだ俺の大事なものが変わったことに
一番大事なもの掴んで離さないようにグッと両手で捕まえて胸に抱き込む
「今回は俺の勝ちだな!でも、豪炎寺のシュートどんどんキレが良くなってきてるから危なかったぜ」
その言葉に口元が弛む
俺の大事なモノ
「次は負けない」
絶対に放すものか
シュートが決まったあかつきには胸に納めてさらってやる
「おう!俺だって!」
あぁでも…笑うお前は愛し過ぎて
「…っ?!…豪炎寺?」
ざりっ靴が砂を噛む音が聞こえる。むせ返るような濃い空気が辺りを占領して夕焼けに黒ずんだフレームが揺れている。目の前にはきらきらと光を湛える湖面のような瞳の中に自分の瞳が映り込み合わせ鏡のように無限の瞳がお互いを見合わせている
チュッ
軽いリップ音を辺りに響かせ名残惜しい湖面の瞳と別れを告げる。唇には柔らかくも淫媚な肉の感覚を感じ脳髄が痺れる感覚に理性がこと切れそうになりながらも胸のなかに新しく出来た穴に並々と満ちる感覚が押し寄せる
「…ごう…え…んじ」
今の事象が整理できず困惑の色を浮かべた瞳が揺れている。澄んだ瞳は俺の醜い欲を映しきれないのだろう
「好きだ。放さない。」
それだけ告げて胸に抱き込む揺れる湖面は波紋のように心を揺さぶりお前の中まで届くだろうしっかりと抱き締めれば胸の中には描いていたモノが隙間を埋め
「…豪炎寺…」
上目遣いでこちらを見てくる円堂の瞳は揺れていたその揺らぎはなぜか見たことのある波長でふと気が付いた
それは大事なモンが変わるとき
「豪炎寺…俺…っ」
「そのまま変わってしまえばいい。俺はお前のすべてを受け止める。」
お互いに大事なものが一緒ならきっと永遠を望むことだって出来るから
END