【短編】

□事実は小説より奇なり
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あんな場所で再開するってそんなドラマみたいなことあるなんて思っていなかった


事実は小説より奇なり



「あー…クソあっちー」


ジリジリと焼ける感覚が肌を刺す。その熱に釣られて皮膚に存在する汗腺はバカみたいにダラダラと汗を精製している。建物の中へ非難すれば幾分マシなのかもしれない…と思った瞬間吹き抜けた風は間違いなく熱風で…先程の考えは霧散した。そう言えば朝見たテレビから今日は猛暑日ですと堅苦しい音声が告げていたことが脳裏を過る。顎まで伝いポタリと雫となって落ちる汗を手首にはめたリストバンドで拭いながら憎い程青い空を睨み付けた。

あともう少しの辛抱だ

忙しなく動かす足にリズムを付けるようにショルダーバッグに入れた筆箱がからからと音を立てていた。




ゴー――

自動ドアが開いた瞬間に待ちに待っていた冷風が吹き抜ける。これだけでもここまで歩いた甲斐があったと言うものだ。大体夏休みと言うのは自分にとって不必要な行事である。普通の一般家庭であれば楽しいイベントなのだろうが生憎家は一般家庭という括りからは外れているらしい。大体連休こそ仕事というものは忙しく、儲かるのだ。そんな日を一般家庭よりも貧窮している我が家が無駄にすることなど出来るはずも無かった。夏休みで俺が一番苦労するのは時間の潰し方だ。さすがに日中に部活以外で外に出る気はしないし、ダチだっていないから一緒に何かするって事もない。だから…ここに来るのは暇つぶしの一環で、尚且つ受験生と言う括りに属する自分の気分転換が味わえる場所だった。ずかずかと紙の匂いが充満する静かな室内を横切りいつものお気に入りの席に向かう。別に毎日来ている訳ではないが大抵その席は空いているのだ。机のある席でひたすら人気のない堅苦しい本が立ち並び自分の身長では取れない位置まで置かれているスペースの一番奥。そこには二人掛けの席がしつらえてありもちろん今日も空いていた……が


…んだ?隣埋まってる


いつも座る場所の隣、そこには無造作に本が置かれ明らかに誰かが使用しているんだろう、参考書、ノート、筆記用具も一緒に置かれている。そんなことを確認しながらゆっくり席に着くと涼しい室内に幾分クールダウンした身体をカバンから取り出したノートで扇ぎながら持ってきた筆記用具と問題集を取り出す。すると小さい声が背後からかけられた。


「え?不動?」


呼ばれた名前にぎょっとしながら振り向けば


「円堂?」


そこには私服姿の円堂守が立っていた





気まずい。図書館に知り合いが居るってことはこんなに気まずいことなのだろうか…ちらりと横目で相手を見れば涼しそうな顔で問題と向き合いペンを動かす姿が目に入る。どうやら気にしているのは自分だけのようで更に居心地が悪くなる。大体俺はこの円堂守と言う男が苦手だ。苦手な理由は分かり切っている。こいつは俺と違いすぎるのだ。はっきり言ってこいつは同年代の中じゃ最強って言ってもかまわないサッカープレーヤーだ攻めも守りもオールラウンドで対応できて基本はキーパーだがフォワードからディフェンダーまでこなせる。それでいて、日本代表のキャプテンにふさわしいメンタルの持ち主であり、仲間からの信頼もあつい。FFIで一緒に戦ったときは大抵こいつの周りには取り巻きが出来ており一人で居るところなんて自主練以外で見たことは一度もなかった。こんな凄い奴は俺から見たらコンプレックスの固まりでしかなく居るだけで眉をひそめたくなる存在だった。それにもかかわらずこいつは俺を信頼して…チームを預けたりしてくる……完璧すぎる奴だった。チームから孤立しそうになった俺に「信じる」って真顔で言ってくるそんな男で……………ちらりと再び隣を見る。フィールドとは違うクールなその瞳がさらさらというペンの音と共にゆっくりと動いていく。問題を見ては少々考えるように手が止まりさらりと髪が動く度に視線がそちらに向いてしまう。自分でもよくわからないまま問題集の問題は結局進めたいところの半分も行かずペンを置くことにした。


「あ、不動休憩するのか?」


貴重品だけ持ってその場を後にしようとすると急に声がかけられ心臓が止まりそうになる。変な声を押し殺した所為でむせそうになる喉をごくりと鳴らしながら振り返ると何故か円堂も貴重品を持って立ち上がったところだった。嫌な予感がした。


……何でこんなことになったんだ…


隣を見ればチカチカ光る自販機の光を真剣な目で見ている円堂守が居て…


「なぁ不動決まったか?」


とか聞いてくる。はっきり言って異常事態だ。今まで俺はこいつと二人で行動なんて一度もしたことなかったし…それはこいつも同じ事で………それなのに


「不動?」


何も言わない俺に不思議そうな顔で覗き込んでくる。その顔を避けるようにほとんど売り切れのランプが点滅する自販機を見るふりをする。その様子を飽きることなく見てる視線を感じながら内心は軽くパニックを起こしていた。


「あーあ…ほとんど売り切れてる。」


そう言ったのは円堂だった。確かに図書館内に設置されている自販機は売り切れのランプが点滅している。まぁそれはいつものことだ。こう、暑い日が続く夏休みは特にない。俺はよく利用してるから嫌でも知っていたのだが円堂は知らなかった様子だった。無いリストの中からどれを飲もうか考えていたら隣で円堂の声が聞こえた。


「あ、俺これにしよ」


円堂の視線の先にはいつも自分が愛飲するスポーツ飲料があり、つい声が漏れてしまった


「あ…」


その声に気付いた円堂のえ?っと言う声と共にボタンが押されがらんっと缶ジュースが落ちてくる音が聞こえると無常にも押したボタンに売り切れの文字が点灯する。どうやら最後の一本だったようだった。そのジュースを取り出すと円堂は俺の視線とジュースを交互に見てから


「不動。もしよかったら俺のジュースと不動の、半分こしないか?」






で現在に至る。隣を見れば期待を込めた目でこちらを見ていている相手にクラクラと目眩を覚える。ふぅっとため息を吐きながら適当にアイスコーヒーを選ぶとバカに明るい声が隣からかかる


「よし!じゃあ早速飲もうぜ?」


そういうと缶を取り上げた俺の手を掴みそのまま休憩スペースへグイグイ連れていかれて


「おい!…〜〜〜っ!」


抗議の声が出たときにはすでに開いたスペースの前でくそ、何も言えねーじゃねぇかよ…自分のペースが守れない状態に自分でもイライラするまえにどうしていいか分からずドキドキしっぱなしで……………ドキドキ?………


「不動?」


名前を呼ばれてどきっとする。どうやらなかなか座らない自分を不審に思った様子で不思議そうな視線が向けられていて…チッと舌打ちすると向かいの席にどかりと腰を下ろす。それを目にすると満足したらしい笑顔を浮かべパキョッとプルタブを倒す音が聞こえ観念して俺も缶を開け、中身を煽るとほろ苦い味が口のなかに広がる苦みと共に依存性を持った薫りが鼻から抜けるのを感じちらりと相手を見る。ごくごくと反らされた喉が音と共に動くその姿に何故かどくりと心臓が跳ねて視線を逸らす

…何で…ここでどきっとするんだよ!誰にも見られてねぇよな?…くそっ

恥ずかしさと悔しさを感じながらグッと半分まで美味くも無いコーヒーをあおった。


「…ほらよ」


こうなったらもうヤケクソだ。そう思って缶を差しだすと礼を言う声と共に缶ジュースが渡される。手に取ったそれは結露によって水滴が付いていて当然ながら購入した時よりは幾分か温くなっていた。半分になった中身は当然ながら少し軽くなった感覚を手に与えながら缶の口を見ると…

…あれ?…これってもしかして…

隣を見るとぐっと先程自分があおったコーヒーを飲む姿が目に入り再びドキッとしてしまうがそれと同時に気付いてしまったことに内心で動揺しながら再び自分の缶の口を見る。

これって…間接キス…

ちらりと相手を見ると苦そうな顔でそれでも全部飲もうとしてる姿を見ながらそっと缶に口付けた



俺、さっきから…いや、こいつと一緒になってからちょっと可笑しい…

ちらりと横を見るとやっぱりそいつは座っていてさらさらと鉛筆が動く音も止まらない…こいつってこんな奴だったっけ。いかにもサッカーバカの熱血野郎で…一にも二にもサッカーサッカーって言ってたはずなのに…勉強なんて全くやってる気配もなけりゃ苦手みたいなこと聞いてたのに…まぁ所詮噂に過ぎないけど…実際隣で勉強する姿は………ちょっと……かっこいい……かもしれない……あーくそ!


やっつけ気味に問題集に向き合っているとアナウンスと例の閉館を促す音が流れはじめ自分も漸く顔を上げる。時計代わりの携帯を見れば時刻は先刻よりも2時間も過ぎていた。思ったよりも集中して居たらしい事実にほっと胸を撫で下ろしながら隣を見ると


あれ…こいつ………もしかして


机につっぷして山なりになった背中が規則正しく上下していて先程まで真剣に問題と向き合っていた瞳は完全に目蓋がかかり意外とはっきりした目元に睫毛が影を落としていた。


…これ…寝てるんだよな


とりあえず自分の荷物をカバンにしまうと何となく缶ジュースを半分おごってもらった手前ほかっておくことも出来ず動きが止まる。


そーいやーさっき…俺、コイツと間接キス……したんだっけ


特に変な味がしたわけじゃなく、飲みかけのモノを飲んだだけで別に知らない感覚があったわけじゃなく、ただ鉄の冷えた感覚とジュースの甘い感覚があっただけなのに…


…唇…柔らかそうだな


何となく気になって…気付いたら手を伸ばしていて


「…ん」


触れていた。


…やっぱ柔らかい…


パシッ!


「!!?」


感覚を楽しむように触れなおそうとした瞬間に手を取られる感覚と…


チュ…


閉館のBGMと一緒になって聞こえたのは小さなリップ音で一瞬にして変わった見知らぬ景色が半開きの甘いコーヒー色の湖面が目の前に広がっていて…唇には濡れた感覚と


あ、コーヒー…


動かない頭で惚けて居るととても近い場所から振動と共に音が伝わる


「…不動…?」


音は間違いなく驚いているみたいでガラにもなく俺の顔も赤く染まってしまった


END

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