【短編】

□すべては本能
1ページ/1ページ

「不動。飯食いにいこうぜ?」


そう誘ってきたのは暑苦しい笑顔で正直こんな暑い日に進んで見たいものではない…たぶんそれが一般的ないや…ちょっと前まで感じていたであろうことで…はぁっとため息が漏れる


「いーけど、牛丼屋はやだからな」


律儀に切り返しながら準備している自分の事は更に気に入らなかった



すべては本能



じりじりとうだるような暑さは今日も健在だ。冷たい空気を排出する自動ドアの前ではぁっと深いため息を吐く。こんな暑さの中ここまで往復する以外に外に出ようなんて気違いじみている…大体昼飯済ましてからここに来れば良い話なのだ。お互い時間は有り余ってるし、夏休みの課題なんかはすでに終わっていた。読書感想文があるわけでもないただ涼みに来ているだけなのに…わかってる。いや、最近わかった。俺はコイツに逆らえないんだ…しかも…


「それじゃファミレス行かないか?ほら。後ろに乗れよ」


自転車の荷台の部分を差していつもの笑顔を見せてくる。それは今散々悪態をついたうだる暑さの根源に似ていて…顔と身体の中心に発火するような熱を放ってくる。でもそれは決して不快じゃなくて……くそっ!だから困るんだよ!

腹が立って仕方ない腹いせにどかりと無言で荷台にまたがってやった。




こんなふうになったのはあの日からだ。あの日、俺と円堂はこの図書館でキスをした。


一瞬何が起こったか理解できなくてその癖


ドキドキと火を点けられた脈動はしばらく止まることが無かった



別にお互い待ち合わせしたわけではない。あれは偶々偶然で………最近は偶然にかまけて…いや違うな…偶然を装って毎日通っている。でもそれは俺だけじゃなくてコイツも一緒で……昼飯だってここ最近は毎日コイツと一緒に食っていて……いっそ弁当持参のが良いんじゃねぇかって思う…………でも、あくまで思うだけだ。



「おっし!着いたぞ!」



生ぬるい風を掻き分けて意外と見た目よりもがっしりとした背中が声で振動する。それを感じながら何食わぬ顔で荷台から下りると自転車に鍵を掛けてるのを音だけで確認しながら俺は少しでも涼しい店内へ足を進めていた。




中は昼時でかなり混雑していた。男二人できてもこれだけごったがいしてたら大して気にならないだろう。まぁ自分達くらいの年齢ならよくあることなんだろうが……俺には不慣れで毎回変な動悸に襲われた。でも、それも今日は感じなくて済みそうだ。運良くアイツが入ってくると席へ通された。



吸い込んだ液体は白いストローの色を変えながら上ってくる。口内へ届くと刺激的な弾ける感覚と共に甘ったるい味が喉を通り抜ける。乾いた身体にはちょうどよくて幾分溜飲が下がった。


「あれだけ売り切れって何だか腑に落ちないよな」


まだ不機嫌そうに見えるのだろう。そうまぜっ返す相手をじろりと見る。普通同年代の奴なら嫌な感じを受けるであろうそれを一切不快とはとれない笑顔で返してくるコイツは正直心臓に毛でも生えてるんじゃないかと思うが、それは俺にとって好都合だった。無駄な気を使う必要がないし何よりこの空気が心地いいと感じている。コイツはただの熱血サッカー馬鹿じゃないらしい。そう気付いたのは最近のことだ。図書館でのやりとりが思い出される。



「これ使えよ」


隣から転がってきたのは一本の鉛筆だった。この鉛筆だけでコイツは俺のことを見ていたんだと気付かされ少し顔が熱くなったが気にせず折れてしまった自分の鉛筆を脇に置くと、その鉛筆を使った。

俺はこう見えて家で勉強をするときは鉛筆を持つようにしている。理由はいくつかあるが一番は手首に負担がかからないことだった。濃い色の鉛筆を愛用し、数学の問題に取り込むときは非常に便利だ。それに隣の無頓着そうな男は気付いていたらしい、受け取った鉛筆はきれいに削られ削られていない尻の部分には金色の文字で2Bと入っていた。


ただそれだけのことだった。でも、自分の気持ちに気付くには十分だった。でも、よく考えなくても結論は見えている。そして答えは…

んなくだらねぇもんは捨てちまえ

とゆーこと。俺は残念ながら馬鹿じゃないし常識だってなりの割りには弁えてる。ただ素直じゃない。ここが重要だ。だから今だってこうやってコイツと対峙している。



「…っ」


視線が無くなったのに気付き振り返ると息を呑んだ。そいつは視線を別の場所へ投げ掛けながらジュースを飲んでいた。ただそれだけだ。でも、こんな時のコイツはいつだっていらねぇ色気を持っている。
ぼっとしたその瞳の陰りに感じるものがある。俺と同じジュースを吸い込むストローは発色の良すぎる緑色が透けていてそれを上へ辿ると………


あ、やべぇ


艶やかなそれが目に入ると釘づけになった。一般的な形をしているそれは別に他の奴と別段変わっているところなんて無い。それなのに、目に入れた瞬間あの時のやわらかさだとか感じたことの無い生々しい肉の感じとか鼻腔をくすぐる体臭に混じったあの制汗料の匂いだとかが一瞬に頭の中を駆け巡り神経を犯してくる。


「不動?」


名前を呼ばれる声にどっと時間の亀裂から生還するとどくどくと血潮が騒めく音と空間全体に響くがやがやとうるさい音が戻ってくる。なんだよとそっけない返事だけ返した。これ以上は危ない……いくら素直じゃなくったって理性の手綱がなけりゃ意味をなさない。本能には素直じゃないっというスキルは役に立たないのだ。俺はそれを知っている。だからなるべくそっけない態度をとっていた。すべては自分じゃなくて目の前のコイツのために…それなのにすべてをぶち壊したのは誰でもない目の前のコイツで


あれ?…俺、何してんだ?


なかなか昼時のため飯は運ばれてこなかった。どっかの客が怒鳴って店員を怒ってて誰も彼もが不快な気持ちで飯食ってて、今まさにその怒りの声は最高潮を達していたけど…だからといってこんなのは言い訳にならなかった。


俺…キスしてる


そう理解できたのは初めてじゃなかったからだ。唇にあたるこの感覚から匂いから温度まで…あの時と一緒で唯一違うのは俺の片腕が人質のように取られていたことと…


一瞬の感覚の後その感覚は遠ざかる。一秒が長く一分が遠いようなそんな感覚のなか目の前の人物の口角がゆるりと上がり悪い顔をつくるのが見えて…


どういう事だ?


俺は間違いなく混乱している。取られた手からは今だに熱を感じているし何よりも図書館の時とは全く違う…ここはファミレスで人の目はどこからでもあって何よりコイツは寝てたわけじゃなくて


つまり



「不動、顔真っ赤だぜ?」



当たり前だ!誰の所為だって怒鳴りたいけど怒鳴れない。わかってる。俺、イカれてるんだ。うつむいて、ふるふると唇が震えている。何か言いたいでも何も言えないでいたら急に取られた手に違う体温を感じて顔を上げる


「俺、別にあのキスを事故だなんて思ってないぜ。だって俺…お前のこと…好きなんだ」


言われた音が耳に入る。一音一句聞き取れているはずなのに意味が分からない。唖然として相手を見てたらまた言葉をかけられる


「最近いつも俺のこと見てるの気付いてたんだ。ずっと好きだったから嬉しかったんだぜ?だから気付いたんだ…お前の気持ちにも」


どくどくと聞いたことないくらいの血流の音と目の前の男の声しか分からなくなる。さっきから何か言いたいのに理性よりも本能が強すぎて対処できない。


「だからその気持ち捨てたりするなよ…全部汲み取ってやるから」


そこまで言われて漸く気持ちが言葉が身体が追い付く。追い付いた身体が真っ先にしたのは人目を憚る事を忘れたキスだった




END

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ