【短編】

□StaticElectricity
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StaticElectricity


「あの…源田先輩」

そう言って声をかけてきた後輩をちらりと見やる。今し方朝練の終わったグラウンドは多少の喧騒と共に清々しい達成感で満たされていた。そんな中声をかけてきた後輩を見やるとなぜか視線は自分ではなく自分達の軍団からは一人ぽつりと離れた相手を見ており…不審に思って返事を返す


「どうしたんだ?成神」


その後輩は先輩である俺に脇目も振らず一人を見つめながらぽつりとつぶやく


「不動先輩って…ちょっと最近変わりましたよね」


その言葉に初めて最近の彼を思い出してみる。不動が変わったのは間違いなく新しい監督が来てからで…そうでなくても帝国サッカー部は新しい監督が来てから何もかも生まれ変わったのだ。無論自分も今の言葉を発した成神もだ……だからこそ不動の変化など一々気に留めていなかったのだが確かに最近の不動は昔とは少し変わった気がした。


不動が部に来たのは自分達より少し後で…サッカーの出来や成績もさることながら不動が引き抜かれた一番の要因は「夜の接待」に対するウエイトが大きいことを俺は知っていた。そして…その原因の一つには自分が絡んでいて…いつも不動には申し訳ない気持ちでいっぱいだった
元々夜の接待は鬼道、佐久間、俺の三人で回っていた。鬼道は影山総帥のお気に入り、佐久間は可愛らしい容姿と勤勉さを買われ、俺は不器用なりの必死さを買われていた。当時は中学にあがりたてで背も佐久間と変わらないくらいで筋力だって少なかった。だが昔から好きだったGKのポジションについて練習を重ねていると半年程で身長は佐久間を追い抜き身体はがっちりと筋力がついてしまった。それに見兼ねた影山は俺の代わりを探し……見つけたのが不動だったのだ。夜の接待は日によって人数や年齢層が異なるそのために部員レギュラーのうち半数はそう言う要員だった。俺が入っていた頃は不器用なために処理が追い付かない事態に陥り、先輩が何度もヘルプに入ってくれていた。しかし、不動が入ってからは違った。アイツが一人居れば最低でも3人は必要だった要員が2人で済むようになったり…3人居ればヘルプは全くいらないくらい不動は有能だった。だがそれと反比例するように不動には協調性という言葉は全く見受けられなかった。練習中もそれ以外も俺たちの集まりに顔を出すことなんか無かったし…口から出る言葉も一回一回乱暴で突き放すような事を平気で言ってくるので部内でもかなり煙たがられていた。それでも不動を追い出すことは出来なかったし正直俺にはそんなふうに一切思えなかった。いつも一人で抱え込むようにしながら相手を突き放すことで俺たちを守ってくれていると勝手に思っていたんだ。でも影山が居なくなりそう言う接待がなくなって一番退部の心配をしたのは自分だった。不動はサッカーは上手いが協調性にはかける。その協調性こそ帝国学園のサッカーには必要なものだったからだ。それを乱すようなら真帝国に帰ってもらったほうが良いって誰かが言いだすんじゃないかと不安に思っていた。それが…新しい監督が来ても不動は部活を辞めなかったし何よりも………


「そう言えば部員間の言い争いが少なくなったな」


不動の悪態は明らかに減っているように感じられた。


「お前等何話してるんだ?」


二人でぼっとそんなことを話していたら後ろから声をかけられ振り返る。そこにはタオルで汗を拭きながらスポーツドリンクを飲む佐久間が不審そうに俺たちを見ていた。


「いや…その。不動先輩って最近少し雰囲気変わったなぁって思って源田先輩と話してたんです」


そう成神が佐久間の質問に答えると何故だかにやっと悪戯に笑いながら


「あー。そりゃやっぱり監督の所為じゃないか?」


そう言いながら興味はなくなった様子できびすを返すと俺たちの返事なんか聞くことなく部室へと姿を消していった。確かに監督が変わって皆いい方向へ変わったとは思うが…………


「何であんな笑い方をするんだ?」


さぁっと首を傾げる成神と共に腑に落ちない何かが胸を満たしていた。





「源田。悪いんだがこの資料を監督のところまで届けておいてくれないか?」


そう言って鬼道から手渡されたのは数枚の紙が束ねられたファイルだった。


「昼休みに持っていこうと思っていたんだが生徒会から各部に部長に呼び出しがかかっていてな…急ぐ資料でもないんだが明日の練習試合校の対戦成績と俺がまとめた見解が書いてあるんだ。こことは監督が変わってから初めての練習試合だから監督も興味があるといっていたんだ。よろしく頼むぞ」


そう言う鬼道に俺は任せてくれと返事を返し大事な資料を片付ける。そう言えば監督が来てから鬼道は前以上に熱心に部活に取り組んでいる気がする。まぁそれはあの日本代表を世界一に導いた円堂守なのだから熱くなるのは当たり前で…そう言う自分も副部長という特権で普通の者より話が出来る環境をかなり気に入っていた。何より相手は自分と同じGKで…学びたいことは山ほどあった。だからただ資料を渡すという口実だけでも心踊る。きっと人一倍努力家で人一倍サッカーが好きな鬼道も同じ気持ちなんだろう。わくわくとした気持ちのまま迎えた4時間目はあっという間に終わっていた。



少しでも早く資料を渡したかったため俺はチャイムが鳴ると同時に席を立った。監督が居る研究室は学生棟からは結構距離があり、あろうことか自分のクラスは一番研究室から遠い場所にある。もし万が一見つからなかったり資料が渡せなかったら鬼道に頼まれた手前面目が立たない。教師の欠員が出た授業を受け持つこともある人気教師が部屋にいることを願い早足で歩みを進めた。

長い廊下に差し掛かると辺りには自分の足音しか響いていなかった。円堂監督の研究室は良くも悪くも他の先生たちの研究室からは離れていてこうやって用事でもないかぎり訪れるには少し勇気がいる。と言うのも影山総帥時代に築かれた絶対不可侵な約束事の一つとして今監督が使っている研究室には用を言い付けられたもの以外近づいてはいけないと言われていて…そのためか学園の者はほとんどここを訪れることは無かった。部屋の前に差し掛かると何やらドア越しに声が聞こえ監督がいることがわかり胸を撫で下ろしながらドアをノックして失礼しますという言葉の後にドアを開けると目の前の光景に唖然としてしまった。


「おぉ!源田か。珍しいな?どうしたんだ?ほら中に入ってこい」


そう言われて慌てて中に入るが…………部屋の中には先客が居て


「何しに来たんだよ源田ちゃん」


意外すぎる相手の視線は突き刺さるような鋭いものでちくちく痛みを感じる。え?何なんだ??よくわからないが先客もとい不動は俺がここへ訪れたことは気に入らない様子みたいだった。その凶器のような視線に堪えて円堂監督に近づくと持ってきた資料を手渡し


「今週末の練習試合をする対戦校の資料です。生徒会の呼び出しを受けている鬼道の代わりに持ってきました」


そう言うと監督はまるで楽しいおもちゃでも手渡されたような生き生きとした表情でそれを受け取り


「そうか。ありがとな。」


テレビ越しに何度も見たまばゆい笑顔に思わず自分の表情も緩むとまたちくちくする視線と共に刺のある声がかけられる


「ほら。用事終わったんなら早く出てけよ。」


「不動…」


辛辣な言葉にさすがに円堂監督から声がかかるとチッと舌をならしてそっぽを向く。何となく…昔の不動を感じて珍しいなと思っていると不動の手元にあった弁当箱に目がいった。そこには自宅から持ってきたんだろうプラスチック製の弁当箱が二つ有り…何となく似合わないそれに首を傾げる。その視線に気付いた不動は再びじろりと俺を睨んで


「んだよ」


煙たそうに言ってくるが今まで一緒にサッカーをやってきた仲間だし、不動のそう言った対応には慣れっこで軽くかわしながら声をかけてみる


「いや。不動って弁当派なんだなって思っただけなんだ。何となく昼食は学食か買い食いってイメージが合ったんでな。深い意味はないぞ」


そう言うと不動は少し驚いた顔をしてからさっきよりゆるんだ表情で………あれ?…何だ?…その初めて見る表情に何だかどきどきとした動悸を覚えていると本人の唇が動く


「辞めたんだよ。偏るから」


それだけ言った不動の頬は何故だか赤くなっているようで不思議に思っていると今度は監督から声がかかって


「源田は昼食終わったのか?時間からしたら…まだ終わってないようにも思うけど。早くしないと休み時間終わっちまうぞ?」


そう言う監督の言葉はいつもと変わらないはずなのに何だか監督が怒っているように思えるのは何でだろうか…俺はそうですねと返事をしてから急いで研究室から出るとそのまま急いで教室へ戻り残り少ない時間で昼食をかきこんだ




「ご苦労だったな源田。お前のクラスからじゃ監督の研究室はちょっと遠いから心配していたんだ。」


そう言いながら鬼道は昼の生徒会から渡されたプリントを俺にも渡してくるそこには学園祭に関する各部の役割等が提示してあり軽く目を通しながら問題ないと返事をしてふと思い出したことを口にする


「そう言えば、監督の部屋に不動が居たぞ?」


その言葉に鬼道の動きが止まる。はて…今言った言葉はそんなに驚く事なんだろうか?鬼道の少し不思議な雰囲気について考えていると不動は何していたんだと鬼道が尋ねてくる


「さぁ俺にもよくわからんが…………そう言えば弁当箱を持ってきていたぞ?」

そう言うと明らかに鬼道は眉間に皺を寄せながらそうかと簡潔に答えていた。その様子に俺はぽかんと口を開けるしかなくて………何だか腑に落ちない回答にほとほと疲れてしまうのだった



END

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