【短編】

□持つべきモノは最大の強敵
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「…守…」


赤と紺の雄大なコントラストのもと迫る影がゆっくりと陰影を際立たせこちらを見る円堂の意外とと端正な顔を色付けている。その顔には自分が伸ばした手のひらが添えてあり…そこだけ切り取った映像はまるで絵画のようだと思う。それなのに、その絵画が現実だと知らしめてくれる理由はその自分が添えた手から相手の心地よい体温が感じられるからだ。


「…っ…明王」


その影色に染まった普段より少しくすんだ唇が俺の名前の形に変形しながら甘い音色が溢れだすとそれだけで俺の心に色が付く。どきどきと音を立てながらうっすらと淡く濃く対象を浮き彫りにしてくるフィルターは勿論円堂限定で…少しずつ縮まる距離に俺のそれは耐えることが出来ずゆっくりと瞳を閉じてすべてを視覚以外に振り分けるのだった。



持つべきモノは最大の強敵


夕暮れ時の放課後はいつだって俺と円堂が一緒になれる唯一の時間だ。つい最近まで俺と円堂は付き合っているにもかかわらず第三者的な鬼道と豪炎寺という中学サッカー会では五本の指に軽く入ってしまうくらいの名プレーヤー二人に俺と円堂二人のフィールドは荒らしに荒らされていた。それに痺れを切らした円堂は遂に二人から短い時間であるが逢瀬の時間を獲得したのだった。元来エッチなことには興味があったし、円堂のことはFFIの時から気になっていて気持ちに気付いて本格的に付き合いだしてからまだ一年すら経っていないが、住んでいる場所の違いから俺たちは遠距離恋愛を余儀なくされていて…そんな中二人の悪戯に耐えながらも短い逢瀬の時間に愛を育んではいたが…明らかに俺には足りなくて…欲求不満に何度も心の中で泣いていた。そんな俺には凄い有り難い時間で…


「んっ…っ…はぁ…ま…もんぅちゅ」


首に腕を回しながらその口付けと悪戯に蠢く器用な両腕にすべてを委ねて、オレンジ色に染まるシーツの海に体を沈めていった






「明王…可愛かったぞ?」

やさしく俺の額に触れながらそんな睦事を紡がれると心が震える。大体俺のどこが可愛いってんだか本人でもわかりゃしねぇ…………でも…可愛い可愛いと言われながらいくつも口付けを受けたりしたら誰だってほだされちまうだろ?すでにほだされちまった俺は円堂にされるがままに口付けを受け入れ二人の時間を楽しむことだけを考えることにする。逢瀬の時間は確かに増えた。円堂と俺のスケジュールや体力面などを考えて一応一週間に一度と言うペースでことに及んでるため以前よりは精神面も体力面も充実している。だが、円堂を好きだと宣うお邪魔虫は後を付くことがないのだ。…間違いなく明日からまた一週間はこんなことただではさせてもらえない…とはいえ、円堂はあいつらを追っ払ったりはしない。その理由は…意外にも俺のことをかばう場面もあるらしいんだが……………どうも俺はその件については信用できないでいた。とりあえず、ライバルには違いねぇんだからこの時間は徹底的に甘えてやるって思ってるんだ。外泊届けを寮に出してきたのを良いことに俺は再び自ら円堂の唇に唇を寄せた。





「おい!今日はデートするんじゃなかったのかよ」


自分がイライラとしていることが手に取るように感じ取れる。それもそのはず一応お邪魔虫が来るとはいえ昨日は外泊届けを出して円堂の部屋に泊まり、なおかつ本日は気になっていた映画を見に行く予定で私服だってちょっと洒落っ気のあるやつを持ってきたのに……


「おまえの考えていることなど分かり切っているがまだ上映時間まで2時間もあるから問題ないだろう」


そう切り返しながら円堂に戦略の書かれたボードをだしながら説明に勤しんでいるのはゴーグルとドレッドがアイデンティティーになっている鬼道有人だ。大体そんな戦略なんかたてたってまだ高校入学したての俺等にゃ意味がねぇんじゃねぇの?と俺は斜に構えているが恋人である円堂はそうじゃない。


「なるほどな。ここはこうやってポジションチェンジさせると良い訳だ………でもさ、もしこういうふうに来たらさぁ」


サッカーと対峙している円堂の瞳はキラキラと宝石のように煌めき、時折考えたように手を当てた仕草の時の瞳は真剣そのもので…傍から見ているだけでも惚れた弱みか見とれてしまってマジで困る。だって…こいつらだって間違いなく円堂に気があるのだ。そのため…


「円堂。それならここの駒はこうやってこう行くよりも、こっちに振ってこの駒をここに向かわせたほうが」


「おい。豪炎寺」


ギリリッと円堂の肩を無断で抱くその手をつねりあげる。ほらな?だから目が離せらんねぇんだよ!!つねられた手に眉を寄せながら手を引っ込めた豪炎寺はすかさず言葉を返してくる。


「肩に触れただけなのに随分乱暴なんだな?大体不動は抱かれる側なんだから円堂の肩を抱くことには興味もないんじゃないか?欲張っても良いことなんてないんだぜ?」


いけしゃあしゃあと言いながら再び肩を抱こうとする手に今度はぴしゃりと平手打ちを決める。


「そんなん知るかよ。俺の恋人に勝手に手ぇ出すな!」


円堂の体に密着しようとする不埒な体の間に自分の身体をねじ込むとそのまま二人を牽制するように円堂を抱き締める。その段階になってやっとボードから顔を上げた円堂は抱きつく俺を抱き締め返してくる


「ん?明王どうしたんだ?」


その声色はサッカーの話をする時とはまったく違っていて。……バカ…んな甘い声だすなよな?勿体ねぇ心の中で悪態を吐きながら円堂に擦り寄っていると当然のごとくひっぺがされる。


「不動。話の邪魔だ。貴様と違って俺たち三人はすでにレギュラーに選ばれている。少し黙って話を聞いていろ。」


「は?んな話し聞いてねぇけど」


じっと円堂を見てやるとあれ?コイツも動揺してるけど?なんだ?話が分からず二人で困惑していると助け船とばかりに先程散々痛い目を見たはずの豪炎寺が口を開いてくる


「レギュラーの件は昨日円堂が急いで帰った後で先輩たちから聞かされたことだ。知らないのも無理ないだろう。」


「全く。不動のようなヤツにうつつを抜かしていると折角のレギュラーも落とされてしまうぞ?円堂」


そう言う鬼道の言葉は久しぶりに胸に刺さる。…確かに…そんな大事な話しを聞けなくしてるのは俺で……きっと円堂は将来サッカーで食っていきたいもしくは続けたいって思ってるんだったら………………迷惑なんだろうか…………そう思って折角抱き締めた手を解こうとすると逆に強く抱き締められ。


「鬼道。俺は不動の所為でどうこう言われるのは好きじゃないし、大体そんなことで落とされるようならレギュラーなんて毛頭なるつもりもないぞ?」


普段…俺たちのやりとりをただ笑ってみている円堂がこんなことを言いだすのはとてもめずらしいことで動きが止まってしまう。


「…えん…どー」


うれしくて胸が詰まり、自分からもぎゅっとしがみつくも鬼道や豪炎寺はなぜかいつもに増して今日は怒りっぽい…ような…気がする?それに気付いた瞬間再び鬼道が口を開く


「円堂。さすがにお前も浮かれすぎだ。今まで遠距離で頑張ってきたために多少浮かれるのは仕方がないことだと思ってきたが今の言葉を聞いたらこっちも不安になったぞ」


「円堂がごく普通のサッカーバカだったら今の発言でも良いんだろうがな…俺も鬼道に賛成だ。今の発言は良くないぞ」


あれ?何でんな事言うんだよ…ってかどういう意味か訳がわかんねぇし……なんか……むかつく…そう思っていたらなぜか円堂の抱き締める指の力も弛んで…


「…悪い二人とも…」


しゅんと肩を落として円堂はそんなことを言って反省している様子だ。んだよ…いくら仲が良い友人だからって結局、地位とかそんなもんのが俺より大事だって事かよ!一人ついていけない状況に俺は歯噛みするしかなかった。






結局その後はいつものとおりあいつらのペースで終始進んで映画の席が隣だった以外あいつの隣に並ぶことはなく……何だよ…折角のデートが前日からの流れで行く予定だったのによぉ…思い出すだけでムカムカとしたものが腹に溜まる。それを原動力にするようにボールをゴールへ蹴り入れる。力んだボールはやはり上手いこと思った位置へは到達せずぎりぎりを狙ったボールは惜しくもバーに阻まれてしまった。

…くそっ…こんなんで取り乱すなんて俺もまだまだだな…

そうだ。今は大好きになった部活の時間だ。余計な事を考えることは止めよう。そう思い直すと俺はやっと部活に集中することに成功しシュートは思い通りの軌道を描いてネットを揺らしてくれた。





「今日は良いシュートだったな。」


そう言って肩を叩いてくれたのは同じく一年の同級生で…確か同じクラスのヤツだ。でも、同じクラスで同じ部活にもかかわらず話すのは初めてで…ちょっと怪しいなって思いながらとりあえず様子を見るように返事をする。


「…何か用か?」


最大の警戒心をむき出しにしてそう言ってやると案の定引きつった笑顔で


「いっいやー大した用じゃないんだけど…」


そう切り返してくる相手は大抵俺の機嫌でもとって面倒なことを押しつけて来るに違いない。大体一人でふらふらしている俺みたいな輩はこういう扱いが常なのだ。それが分かれば用はないそのまま何も言わずに立ち去ろうとしたその時だった。


ガッ!


目の前に対峙していた男とは真逆の位置から急に脳髄に鈍痛が走る。…ぐっ!…ん…だよ…霞む視界の中で捕らえたのは二人の男で……バットとか…マジでか?…これ…や…べぇ…かもっそこまで考えたところでぷつりと意識はこと切れてしまった。





一体何でこんなことになったか俺には一切覚えがなかった。ズキズキする右側頭部にゆっくりと意識が浮上してくる。ゆっくりと目を開くとどうやらあれから時間が少し経っているらしい夕方の部活後の出来事であったためその場所は真っ暗で何も判断できない。それでも諦めずじっとその場を見つめ続けるとやっと瞳は慣れてきて、そこが入学してから一度しか入ったことのないはずの体育準備室であることが分かる。倉庫に唯一開いている窓はゆるゆるとほとんどない明るさを連れてきている。そのおかげで室内の様子がまた少しずつ見えてくる。準備室の中はどうやら無人らしい。自分はその明かり取りの窓を背にして体育用のマットの上に転がされていて……さらには

…やべぇな…腕も足も口もガムテープかなんかでしっかり止められてやがる…

もぞもぞ動き拘束を取ろうと必死にもがくがもがいてももがいても一向に取れる気配はない。せめてこの拘束を解くためのものはないか辺りを見回す。


…あ。あのスコアボードの角とかうまく行けばこの拘束をちょっと傷つけれるんじゃねぇか?


部屋の隅に置いてある旧式スコアボードはぺらぺらと捲るタイプのてかてかした布製の数字がぶらさがっていてその下には何か立て掛けることができるようにか鉄製の枠がついている。その枠の端はただ鉄が切り落とされた角がそのまま付いていて……あれならガムテープも強く押しつければ穴が開くだろう。

よし!とりあえず少しでも近づくためには起き上がろう

そう思って近くの壁を伝ってなんとか体を起こしたその時だった。
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