【短編】

□君の涙
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なぁ。お願いだから待ってくれ。もし、少しでもまだ俺のことを思ってくれているならお願いだ…お願いだから………


君の涙


「明王…何でだよ」


そう言ってらしくもなく眉間に皺を寄せるのは何となくお前にゃ合ってねぇ…でもその表情は俺の前だけに出す俺のことだけを考えている表情だと思うとそんな顔でもやっぱり可愛いんだよ……あぁ…可愛いぜ俺の守…でも、間違いなく今この場で思ってることぶちまけたら怒られるのは当然で…だから俺は何も言わずに黙りを決め込む。


「っ!どうしてお前はいつもこんな時ばっかり黙り込んで本当のことを言ってくれないんだよ…っ」


だって、円堂はすでにらしくないくらい怒ってるんだこれ以上怒らせるのは俺だってしたくねぇ。だからまた黙りを貫く。


「明王。正直に言ってくれ…今日は何であの女の人とキスしてたんだ?」


あの女…俺にとってはどうでもいい話だ。行きずりの女とラブホに行った別れ際にキスしてやったそれだけのこと。それ以上でもそれ以下でもない…でも、今現在進行形で付き合っている俺たちの間にとってはあっちゃならねぇ現実だよな…間違いなくよぉ。でも実際は上記の内容で間違いなく。そのまま口にしたらそれこそ大目玉を食らうのは目に見えている。だから…こういうときはそれ専用の常套句を使うのが俺の常だ。


「忘れた。」


短いが一番効果のあるこの三文字はすでに円堂とこういう関係になって5回は使用済みだ。どんな効果があるかといえば、この喧嘩の最後にはもう良いって啖呵を切られて暫らく一人で怒ったのちにまたいつもの俺たちの関係に戻るっていう俺のなかでは最大に俺好みな終わり方をしてくれる。カードで言ったら最強カードってところだ。だから、この後も同じように話が連なっていくと思ってた。


「……っ…いつも…いつもそれじゃねぇかよ…いつも…いつも……っ…」


そういって痛々しいほど白くなるくらいきつく拳を握る円堂の…その拳が急に脱力する。あれ?…何だかいつもとちげぇ…その段階になってうっすらと背筋に寒気が走る。初めての感覚だ。それでも元来気は回る質のためその悪寒の理由はたちどころに理解できて……あ…俺、遂に振られるんだな……冷静な頭がそう答えを導きだす。普通に考えたら当たり前だろう。付き合っている相手が居ながらちょくちょく浮気して…喧嘩してを繰り返すこんな関係、一緒にいるのだって奇跡に近いんだ…こんな俺にここまでついてこられたのは正直今までお前しかいないだから………お前がもうダメだって思ったんなら…仕方ねぇって俺もあきらめるぜ?大体俺とお前じゃ不釣り合いなんだよ。片や将来を期待され未来を熱望されるスーパープレーヤーで片や日本国内では最高のプレーヤーの一人と賞されるだけの一般プレーヤーのお前と俺とが男女でもなく男同士で恋人同士付き合ってるって関係は傍から見たら10人が10人とも間違ってるって言うだろう。ましてや俺みたいなやりたい放題ヤルヤツなんて例え男女間であっても評判良くねぇよ。だから…仕方ねぇ


「明王。今日で俺たちお仕舞いにしよう。もう…お別れだ」


円堂の凛とした言葉が宙に響く。…あぁ…こんな時だってお前は一切汚れを知らない……俺みたいな汚れきったヤツと一緒にいるのはやっぱり不似合いだよなぁ…しかも愛情表現歪みきってるし…あぁやって他のヤツ抱くことでお前のが最高に可愛いだとか、エロい顔はお前の方だとか散々比べて優越感覚えるって…さすがにお前が俺よりも人気者で今でも言い寄るヤツが絶えないからって最悪なストレス解消法だよな…お前のこと大好きで好きで好きでたまんねぇけど…お前が望むなら別れてやるよ。そう…お前の顔を見るまでは思っていた。知らないうちに背後を見せていたお前は俺の方を振り向き際に最後の言葉をかけてくる


「さよなら…不動」


先程と何ら変わり無い凛と響く声で伝えられた言葉なのに…それなのに…こっちをむいたその顔には


……………何で……


今まで何度も喧嘩して、怒らせて、仲直りして、キスして、Hして、デートして、だらだら過ごして、恋人していて、それなのに………ずっと見たことなかった…


…………守が…泣いてる……


凛とした声にしっかりマッチする笑顔を見せながらその瞳には不似合いな大粒の涙がぼろぼろと耐えることなく頬を伝って流れていてその姿に初めてすべてが見える


…あ…守は…こんな俺なのに………それなのに


何か言おうとした口は形は変えても喉から全く出ない声に機能せず差し伸ばした手は緩慢すぎて去りゆくその背に届くことなく詰まった息は身体を蝕み…いつもいやなくらい動く脳みそは暫らく機能が停止していて気付いたらお前は俺の前から姿を消していて…別れた俺にはそんな結末は当たり前なのに………


当たり前?あぁ…俺だけ傷つくならそれでも良いんだ…それでも良かった…でもあいつは…円堂は……守は………


俺と別れることに泣いていた。必死に機上を振る舞いながらも………今までどんな時にも…誰の前だって泣き顔を曝さなかったあいつが…俺の前で…泣いていたんだ


かちりと頭の中で音が響く


あぁ。俺、いますぐ行かなきゃ…行かなきゃいけない


気付いたら足は勝手に動きだしていて…あぁあいつの行く先なんて分からない…分かんねぇけどっ!


俺は今すぐあいつに会わなきゃなんねぇんだ!






はぁはぁと耳元には自分が息を継ぐ音とどくどくと生きている証の音が忙しなく響いている。寒いはずの外気はもはや感覚が分からず、ビリビリと耳は痛みを訴えるがそんなことはどうでも良くて………一応それなりに鍛えた身体はなんとか俺の意識に着いてきてくれる。今はそれだけが重要だった。

家には居なかった。いつか一緒に行った鉄塔広場にも河川敷にも中学にも……恥を忍んで電話だってかけまくった。風丸にも壁山にも豪炎寺にも飛鷹にさえ……それなのに見つからない…見つけられないっ!…付き合ってからもう俺たち何年経ったよ。中学から今までずっと一緒に過ごしてきて…恋人として付き合ったのはそりゃたった二年のことだけど最低でも五年は一緒に居たくせにちっともお前がいる場所が分かんねぇって…俺は今まで何してきたんだよ!悔しくて情けなくて…ぎりりと奥歯が軋む音がする。どんだけそんな音をさせたって意味が無いことぁ自分が一番わかってんのに………くそっ!くそっ!何で見つかんねぇ!!何でっ!何でっ!どうして俺はいつもこんなにも無力なんだよ!!詰まりそうな肺を必死にこじ開けるように空気を通しながらひたすらにあいつを探して走り回る。もう、この場所を探すのは何度目になるかなんて分かりゃしねぇ!でもっ!!


あいつは間違いなく泣いていてっ俺と別れるのが辛いって涙を流していてっ!俺は間違いなくあいつが好きであいつだって俺のことがやっぱり好きでそれなのにっ!それなのにっ!!


「あ…あの木の下……」


ふと脳裏をよぎったのは初めてお互いが好きだって告白しあった高校の校舎裏にひっそりと生えている桜の木の下。あの時はお互い気持ちがすげぇ純情で…手を繋ぐだけでもやっとで初めてその手を繋いだ場所で…部活終わりの帰り道、駅からあいつのうち迄のすげぇ短い距離を人目を盗んでそれから毎日手を繋いで下校した…あの場所は……まだ見ていない。そう思った瞬間に足は高校を向いていた。時刻はさっぱりわからないがもうずいぶん経っていて東の空が白みはじめているのを感じながらこんな時間にこんな寒い中あいつが俺を待っているなんてありえもしないのに必死になって駆けていた。





高校の門は当たり前ながら閉まっていた。まだ時間が早いし何よりこんな時期のこんな時間に学校を訪れるものなんて誰も居ないだろう。このまま入ったら間違いなく不法侵入で通報される場所なのにまったく躊躇することなく校門を乗り越える。さすがに日々鍛えてるからといってこんなに長い時間走り続けるのは初めてのことでさすがに膝って笑っていて…それでもひたすらにあの場所を目指して足を動かす。なんも食ってないし、走っているのに飲んでもねぇから軽い脱水状態で喉はからからなのに真っすぐにあの場所を目指す。

ザァッ

身体の脇を大量の風が吹き抜ける。校舎裏は総じて風が吹き止まない場所で…薄着のうえに汗だくの身体に凍みる。それでも意識から切り離された足は黙々と歩みを進めるその時だった…………


「……ま…もる」


一本だけ生えた雄々しい木の下に見間違えることのない人影が見えて…心が石を投げられた湖のように波紋を広げ広まったところからきゅうっと締め付けられるような疼きをもたらす。どくんどくんと脈打つ心臓の鼓動が響くたびに遅い来る疼きに絶えながら初めて声をかける


「守っ!」


今までどんだけ喧嘩したってこんなふうに自分から迎えに行くことなんて一度もなかった。嫌われたら最後それでいいんだって自分にいつでも言い聞かせて…戻ってきたヤツにだけまた今までどおり付き合ってやるそれが俺のスタイルで…だけど今回はそんなこと言ってはいられない。名前を呼ぶと驚いた様子で影が振り返る。白んだ東の空からの光によって相手がどんな顔をしてるかなんて分かりもしないけど必死に相手の顔が分かる位置まで歩み寄る。

…やっぱ…すげぇ驚いた顔してる

驚いたように見開かれた目は赤く痛々しく腫れていて…今まで泣いていたんだろうまだ涙の跡はありありと残っていた。

全部…俺の所為だ

ぐっと心臓に掛かった糸が俺を殺そうとぎりぎりと糸を締め上げてきやがる。詰まる息を必死に吐いて。俺はやっと言葉を紡ぐ。


「…守。ごめん…俺がっ………悪かった」


はぁはぁとなかなか整わない息を必死に整えながら少しでも真意が伝わるように願いを込めて瞳を見つめる。見つめているから今なら分かる円堂は瞳と一緒に心もゆれていた。


「ふ、どう………俺たちは…昨日…別れて」


「俺はお前をまだ愛しているんだ!」


冗談じゃねぇ。お前だって俺のことまだあきらめきれねぇんじゃねぇか!だからこんな場所でめそめそらしくもなく泣いてんだろうによぉ!!


「あ、いして…たって………浮気すんなって…約束破り続けんなら……そんな愛…いらないっ!」


確かに…今まではそんな約束一方的にされても右から左か当たり前ででももう今日からは違う。だって…


「破らねぇ。約束。絶対に破らねぇって約束する。」


お前が俺をどれほど好きで…どれほど本気か痛いほどわかったから…だから

ぐっと力の抜けている腕を掴んで引き寄せる。ぽすんっと胸に抱き寄せた円堂はこんなに寒い朝方にもかかわらず俺と同じように長袖シャツにパンツっていうありえねぇくらいの軽装で…昨日別れ際に着ていた服と同じ服のまま身体の芯まで冷えきってて…過度のランニングで暖まっている自分の胸に抱き込むと離さないように腕の籠から出さないようにきつく掻き抱く


「…約束するから…お願いだ………まだ少しでも俺のこと好きなら…戻ってきてくれよ……守…」


「…ぃやだ…お前なんてっ…きっらいだっ!」


ぐっと胸を手で押されるがその手にゃほとんど力なんて入ってなくて…わかってんだ…だって………本当に嫌いになったんならこんな場所でないてるはずねぇじゃねぇかよ
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