【短編】

□とある少年の恋愛事情
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いつからか…視線で追っていたのはお前だけで…それに気付いた時、やっと自分の心に気が付いたんだ

俺の心の中にはお前にたいしてのみ発動する不思議な感情があることに


とある少年の恋愛事情


アイツをチームに誘ったのはその心に気付いた矢先のことだ。俺は……たぶん俺だけはアイツがお前に向けている視線が俺と同等の…いや場合によっては俺以上の特別な感情からもたらされる結果の産物だということに気付いたからだ。

同じ気持ちで同じくらいサッカーが上手くて成績も優秀。統率力があって応用も利く。そんなヤツを入れたら普通危険だって思うんだろうが…いかんせん俺たちが執着を見せる相手はサッカー以外に鈍感すぎたから…一向に心配なんて考えてすらいなかった。

あの時までは……




「豪炎寺っ…俺、お前のこと……………っ好き…なんだ」


緊張のためか肩で息をしながらそう伝えてきたお前はそんな状態にもかかわらず普段以上の真剣な眼差しで俺を見つめてくるその瞳の奥に……俺と同じ劣情が見て取れて…ぐっと心が身体が持っていかれるような感覚に陥る。ドキドキと早くなる鼓動、喉元で詰まる息、からからに水分を失っていく喉……甘く苦しい心臓を締め付けるような感覚…あぁ何で今まで気付かなかったんだろう。あの不思議な感覚は…………

俺はお前に恋していたって初めて気付いた


「…円堂…俺もだ…お前のことが………っ…好きなんだ」


二人だけの空間で密閉された部室に俺の声が無機質に響き渡る。口から出る瞬間に必要以上の質量を持ったそれは喉を鳴らすのも精一杯の力が必要で…言い放った後も身体に心に大きな余韻があって……知らぬうちに握った拳の中でつめが食い込んでいる感覚がドクドク脈打つ心臓に呼応するように鈍痛を伝えてくる。気付けば自分も告白してきた円堂と同じように肩で息をしていて…………俺の言葉に円堂の顔が花が綻ぶように笑顔が満ちる。


「ご…うえんじっ」


俺の名前を呼んで今までで一番の笑顔を見せた円堂の瞳からはぽろりと大粒の涙がこぼれ落ち、その光景にぎゅううぅっと心臓を力強く締め付けられる感覚が走り気付くときつく円堂を抱き寄せていた。





たぶん、俺は今まで諦めていたんだ。同性を好きになる自分を否定して、友情っていう枠組みに勝手に押し入れることで普通の友情と異なるこの感覚を『不思議な感覚』と位置付けていたんだ………そこまで思うとふと背筋に悪寒めいたモノがゾクリと走り抜ける。俺は気付いたのだ…………この感覚が恋だというなら…鬼道が向けるあの行き過ぎた思慕もまた同じ感覚から来るものだと言うことに…




「おはよ!豪炎寺!」


満面の笑みを浮かべながら走ってくるのは昨日から恋人同士になった円堂でつい自分だけに向けられた眩しい笑顔に口元が弛む。


「おはよ。円堂。」


そう言って返事を返すとそれだけで嬉しくてたまらない様子でいつも以上に愛らしい笑顔がとまらない。あぁ…恋愛ってこんなふうなのか……人々がのめり込むわけだ、たまらないような嬉しい感覚が俺の胸にも満ちあふれ、男同士だとか人通りの多い道だとか何にも考えずに思うがままに手を伸ばすと


「ぁっ……豪炎寺?」


少々罰が悪そうな居心地が悪そうな顔をしながらもやはりどこか浮き足立つような甘い空気の中にこりと控えめに笑い俺が無理矢理繋いだ手に指を絡ましてきた円堂に俺の心はひどく満たされいつもより軽やかな足取りで通学路を進むのだった





「今朝のあれはどういう事なんだ?」


朝練後たまたま二人きりになった部室で話し掛けられ相手に視線を移すと眉間にいつも以上に皺を寄せた不機嫌そうな相手の顔が目に入る。ゴーグルの向こう側にあるであろう瞳は濃い色によって全く見えないにもかかわらずその瞳は間違いなく自分を睨み付けているのだろう。嫌なプレッシャーが辺りに満ちている。…まぁ…こうなるのは当たり前か…考え無しに直感で行動した結果だが別に悔いはない。だから率直に相手が欲しいであろう情報だけを口にする。


「俺と円堂は昨日から付き合うことになったんだ」


じりじりと相手から送られていたプレッシャーが質量を増すのが肌でビリビリと感じ取れるがそれも仕方のないことだろう。サッカーのレギュラー争いと一緒でこればかりは譲る気は一切無い。それは昨日の夜円堂に告白したときに間違いなく思ったことだった。だから気圧されることなく凛とした態度でじっと相手を見据えると地を這うような声が辺りを震わせる。


「なるほど……今、この場でそれを言うということは……覚悟ができているんだろうな」


自分とコイツは円堂にたいしてのみ抑えがたい感情を持っている。その考えはやはり俺の見解通りで……鬼道は間違いなくこの感情が恋愛感情だということも認知している。それ故の発言にドクドクと太古の鼓動が身体に満ちる。ビリビリと肌で感じる空気に対して腹の底からうねるようなそれは試合前の高揚感にも似ているそれは知らぬうちに自分の口角を上げていて


「当たり前だ。何があっても譲る気はない。」


そう言い放つと相手の口角もあがっていて。あぁ…俺と同じ気持ちなんだな…冷静な自分がそう相手を判断する。


「良いだろう。ただし、俺だってお前に譲る気は毛頭無い。誰が相手だろうと掠め取ってやる。そう思うくらいに俺は本気だ。」


そう言い放つとすでに制服へと変わっていたその手に鞄を持つとつかつかと部室を出ていった。その後ろ姿に俺の心の中にサッカーに対してとはまた違う新たな炎が激しく灯るのを感じたのだった。





鬼道有人は敵にまわすとやっかいな相手だ。それは仲間に入れたときから分かり切っていた事だ。相手は俺と違って策士だ。つまり、恋愛だってなんだって巧妙な作戦を立ててくるだろう。俺はその作戦について看破し、円堂を自分の方に向かせ続けないといけない何とも……恋愛初心者にとって難しいことをしなければならなかった。


「え…」


「円堂!」


俺が呼ぶより一足先に声をかけたのはやはり鬼道でその事実はどうしたって楽しくない。だが円堂は俺たちがそう言う関係だということは知らないし、何より…


「今日は天気があまり良くないから昼食は教室で食べないか?」


毎日三人で昼食を食べる間柄で…きっと鬼道がいないとなると淋しいといいだす円堂は目に見えていた。だから楽しくないなんてお首にも出さずに話を被せてやる。


「そうだな。じゃあ席は用意しておく。教室はこっちの教室でかまわないよな?」


つまり、席は俺が決めるからと言うことだ。やはり昼食をとるなら円堂の横顔を見るより真正面から見たいものだし、距離を近付けるように一つの机を囲めば必然的に顔が近づく。普段、教室で食べるときはは公平を思って三つの机を用意していたのだが今日受けた宣戦布告からしたらこれくらいは序の口だろう。円堂は快く承諾しているのを聞きながら俺は今日の部活後の時間について黙々と考えていた。





きっと俺が鬼道の立場だったら間違いなく部活後の時間を邪魔しようと考えるのが当たり前だろう。部活後は必然的に仲間がバラけるため二人っきりになりやすい。現に昨日告白を受けたのも部活後人気の無くなった部室での出来事で…ただ今日は進んで二人っきりになるのは至難の業だろう。何ていったって普段から行動を共にしている相手だ…俺たちの行動なんて分かり切ってる訳で…そんなことを思っていたら突然チャンスが到来したのだ


「うわっ!!」


体育館に激しく倒壊する音とともに自分が一番愛しいと思う人の声が響き思わず一直線に駆け寄る。


「いっててて…」


そこにはいくつも足元に転がるボールと尻餅をついた様子の円堂が居て腰を擦っている。まわりの者は円堂の様子とあまりの音に声をかけるタイミングを失っているらしく、誰かに声をかけられる前にすかさず声をかけながら近寄る


「円堂、大丈夫か?」


そう言って手を差し伸べてやると円堂は疑うことなく俺の手を取りながら


「あぁ。悪いな豪炎寺」


と言って立ち上がるために手を引いた矢先だった。


「いっ?!!」


ひゅっと息を飲む音と共に円堂の顔が歪む。その表情に驚きつつも再び尻餅つかせるわけにもいかず咄嗟の判断で腰に腕を回し腕を肩に回すことで自分に体重がかかるように移動させると片足浮かせて円堂もなんとか立ち上がる。浮いた片足の足首辺りを見つめながら少し不安そうに揺れる声で…


「足首ひねっちゃったみたいだ…」


少し無理矢理作った笑顔が痛々しくてぐっと身体密着させるように抱き寄せると出来る限り自分の中で優しい声色と表情を意識してふっと笑うってやりながら


「大丈夫だ。とりあえず保健室で手当てしないとな」


そういってやると目に見えて少し安堵の表情広がるのがわかりくしゃくしゃと頭を撫でてやる。すると不自然なくらい頬が顔が赤くなっていき……ぁ…意識…してるんだな…そう思ったら嬉しくて……無意識に顔が綻ぶ。でもこれ以上つっ立ったままという訳には行かず周りの冷やかしに保健室の件を先生に言っておくことをお願いすると二人で保健室に急いだ。





「心配しなくてもちょっと捻っただけよ。心配なら病院で診てもらっても良いけど…それにしても天下の円堂くんが何でこんなことになったの?」


軽く笑いながら足の手当てをする先生の言葉に同時に胸を撫で下ろす。よかった…たいした怪我じゃなくて………サッカーをやるものにとって足を負傷することほど怖いことはない。先生に怪我の経緯を説明しながら先程より明るくなった円堂の表情にきゅっと胸を締め付けられながら今日の放課後の予定を俺は着々と組み直していった。





「え?!円堂が怪我した?」


驚いた表情を見せているのはいつも相談事を持ちかける鬼道ではなく風丸だ。鬼道はこの休み時間偶々移動教室だったため着替えてから伝えに行ったら居なかったのだ。だから仕方なく風丸に事の経緯を伝え二人で部活に参加しないことを伝える。偶然とはいえ鬼道がいないこの状況は瓢箪から駒で…今日は上手いこと二人の時間を確保できそうだと言うことと同時にフェアプレーが基本の自分が鬼道本人に伝えることが出来ない悔しさを感じつつ後のことは風丸に任せて今日最後の授業を受けるべく教室を後にした。





不安は少しでも取りのぞいてやったほうが良い。特に、病気や怪我は調べる統べがたくさんあるのだ。だから…まだ少し痛む様子で足を動かしながら今は病院に向かって歩いている。雨が降りだしそうな鈍い雲が垂れ下がっている空を観るが、まだ幸いにも雨は降ってきていない。円堂の足を気にしながら出来るかぎりゆっくり歩く。二人並んで歩く道は朝とは違い少し距離がある。それを少し残念に感じながらも補助無しで歩ける様子の円堂にまた少し安堵しながらまだ夕香の入院している病院に向かった。





「ただの軽い捻挫だ。」


念のために撮ってもらったレントゲン写真を見ながら医師がそう告げると円堂は目に見えて安心したように肩の強ばりが溶ける。本当に…よかったと心から思いながら診察が終わるのを待つ。不安が無くなれば頭の中はこの後のことで頭がいっぱいだった。
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