【短編】

□凍る心
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きっとお前はわかってないんだろうな…いや。違うな………わからせないようにしてるのだ。わかってしまってはいけないんだ……………そう思っていたのに


凍る心


ちらほらと目の前を横切る白は今日の寒さからくるものだろう。どんよりと重たく垂れ込めたなまり色の空は全ての色を鈍くしているように思えて仕方ない。でもそれこそは今現在間違い無く見えているものの全貌であり一切偽りのないその景色はしっくりと脳裏に刻まれた。アイツと最後にあったときもこんな冴えない寒い日だった気がする。





「え?留学って…この時期にか?」


北風にかじかんだ耳を隠すようにマフラーを掛け直しながらそう問えばいつもとかわらないオレンジ色のバンダナをした君が何だか情けない笑顔を零した


「あぁ。」


俺たちは中学からサッカーを通じて親しくなった友人。もしくは…親友と言われる仲だ。だが、留学の件は本日、今この瞬間に知った事であり…あまりの内容に相手をまじまじと見てしまうのは仕方のないことだろう。鈍くなった思考の中やっと動いた口が紡いだ言葉は


「いつ…発つんだ?」


せめてもと思って聞いたのは出立の日だった。


「……実はさ…明日発つんだ」


それを聞いた瞬間に目の前が真っ暗になる感覚に襲われる。一瞬の貧血みたいな症状は外気ではなく内面から体中が冷たくなるような感覚を引きつれてきて……うまく言葉が紡げない。それなのに自分の足だけは相手に歩調を会わせるように止まることはなく二人の間には一瞬沈黙が流れる。その間に脳裏には高校入学当時の映像が流れた。




円堂と同じ高校を受験したのは偶然なんてものじゃなかった。俺は人づてに円堂が受けそうな高校を探り本人には一言も聞かぬままこの高校を受験した。それはあくまでも偶然を装って受験しなければならず隠すのも一苦労だった。こんな思いをして受験したのには訳がある。一つは自分がイナズマジャパンであげた功績が要因だった。あれ以来ひっきりなしに学校の勧誘が盛んになり……俺を入学させることはすなわち後の有力部員獲得にも期待がもてる大きな材料になっていて噂では学校間で小競り合いのような諍いも生まれているとのことだった。俺は円堂や鬼道の様に影山のことは許せない明白な理由があった。だから、その諍いに巻き込まれないようにする必要があったからだった。二つ目の要因は誰にも言ったことはなかったのだが………俺は円堂に対して友情以上の感情を持っていた。つまり………わかりやすく言えば俺はどうやら円堂という男を恋愛感情から愛してしまっているらしかった。はじめは一緒にサッカーしたいという気持ちだけだったはずだった。それが一緒にサッカーするうちにもっともっと相手のことが知りたくなって………今じゃ自分以外と登下校をする相手に嫉妬を覚えてしまうありさまで…………実に滑稽な理由だった。だからこそ…………秘密にしておかなくてはならなかった。だから、上手いこと同じ学校に入学でき、二人で校門をくぐったあの時の感動は忘れようもなかった。それは今から一年以内の出来ごとで…………




胸の中を嵐のような複雑な感情がざわざわと蠢いている。それを押し込めるように下腹部に力を入れながら


「……そうか…まぁ…大変だろうが頑張れよ?俺も、日本で頑張るから…また同じフィールドで戦えるのを楽しみにしている」


そう言って片手を差し出すので精一杯だった。マフラーで口元が見えなくて本当によかったと思う。間違い無く俺は上手いこと笑えてなどいなかったのだろうから…円堂は俺の言葉を聞くとみるみるいつものようすを取り戻し、にかっと歯を見せ笑うとあぁ!っと数々の好敵手に見せてきた期待に満ち希望に満ちた瞳で俺を見てくれていた。だから…それで十分だと全て割り切ろうと俺はその表情を脳裏に焼き付けたのだった。





それから、円堂は一度も日本に戻ることなく月日は流れ………俺は大学に進学していた。結局………円堂がいなくなってから俺の周りは180度景色が変わってしまっていた。元々結束力の弱かった高校のチームは一回も地区大会でさえ優勝することは出来ずそのために監督から与えられる練習メニューは過酷を極めた。そのメンタルと肉体に与えられたストレスはついに最悪な形で溢れだしたそれは…………部内で俺は強烈ないじめの対象になったのだった。全て試合に勝てないのは俺の所為で、練習が厳しいのも何もかも俺がいけない………そう言う見解に至ったらしい。あまりにひどいいじめはリンチに発展し、毎日殴られるのは当たり前、金は巻き上げられ、教科書は何度も買い替えなければならない有様で……それなのに誰も彼もが気付かぬ振りを決め込んだのだ。家人はもちろん心配してやれ転校だの休学だの騒ぎ立ててくれたが………そんなことする気は俺の中には毛頭無かったその要因は………………たった一つ。円堂が…円堂がもしかしたらあの学校に戻ってくるかもしれない…フィールドに立てば一緒に戦えるかもしれない………ただその思いが俺の中の救いであり希望だった。だから俺は耐えた。耐えて耐えて………気付けば某有名大学に進学していたのだった。そんな折に一通の手紙をもらう。それはエアメールで……差出人は……………


「……鬼道?」


鬼道には中学の時円堂の進学先やら色々世話になった友人で、それにもかかわらず今まで全く連絡など取り合ってはいなかった。そのエアメールを何気なく開けるとそこには……………


一瞬にして目の前が暗くなった。


エアメールの中には数枚の便箋と………


緑の眩しいフィールドの上で肩を組み合い笑いあう円堂の姿で………


しばらくその写真を眺めてから嫌な脈動をはじめる心臓をそのままに便箋を読み始めた。





「……………」


読み終えると一点を見つめて放心した。放心するしかなかった。とりあえず鬼道は円堂と会ったのはたまたまだったようだ。ただその円堂は事もあろうが一人ではなく…………隣には…………中学時代のマネージャーが脳裏を過る。二人は旅行中だということだった。全ては留学先の影響だということは嫌でも分かった。別にこの手紙に他意はないしただの親切心から来たものだというのは嫌でも分かっていたそれなのに…………腹の中には黒い靄が先程から質量を増して溜まり続けている。


気分は最悪だった。



なぜこうも違ってしまったのだろうか。明るい未来を夢見て同じように歩んできたにもかかわらずなぜこんなにも大きな隔たりを感じるのだろう。別に俺は現状について醜いだとか惨めだとかこれっぽっちも思ってなどいなかった。寧ろ今は幸せだしあの暗い高校時代だって全て未来へのステップとして昇華されると分かっているのに…………どうしてこうもひどい欠落のような怒りのような形容しがたい負の感情が胸に満ちるのだろうか…………


わからない、分からない、解らない、判らない、ワカラナイ…………


ふと脳裏をかけたのは皆海外へ留学していたと言う事実だった。


あぁ………そうか………そこがダメだったのか


そう思った瞬間全てが分かったのだ。だから俺は決めた。俺が絶対に…………この国を……この国のサッカーを変える。


今までだってどんな逆境だって乗り越えてきたんだ。それは全て俺が変えるためのステップなんだ。そして………まだ俺の中で燻っている円堂という存在は甘く甘美な響きを持っていて…またそこで気付く自分がいる。そうだ。円堂は俺の中での大切な大切な目標で…この壮大なる計画をなし得るための鍵であり全てなのだろう。


「………あぁ…だからか…だからこの状況であってもおまえのことが好きで好きでたまらないのか……」


憎むことなど出来るはずもない。ただ………この計画が成功すれば……おまえの存在さえ必要にはならなくなるだろう。


この気持ちは一生告げる気はない。だけど………愛しているぞ円堂。全てはおまえへと続いているのだ。成功も失敗も希望も絶望も………俺の全てはおまえによって変えられる。





なぁ円堂。もしあの時告白できていたら変わったんだろうか。


ちらちらと舞う白を見ながら口角は知らぬうちに上がっていた。




END

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