【短編】

□種のユメ
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羨ましいなんて思わない。俺は十分幸せだから…そう思うのになぜか笑顔になれなかった。


種のユメ



「なぁ。今日はやっぱり豆まきするだろ?」


明るい鬼とは無縁そうな笑顔を振りまきながらいつもの調子で聞いてきたのは円堂だ。それはいつもと変わらぬ道を歩く三人同士のとりとめもない会話の一部だ。大抵毎日繰り返される他愛の無い話題をここまではっきり覚えていたのは間違いなく円堂が言った内容が今の自分にとって苦しい一言だったに他ならない。

現在いつものように風呂を済ませ、夕食を済ませた自分はいつもの感覚で机に向かい出された課題を黙々と消化している最中のことだった。いつもなら滞りなく進むペンも少し散漫になっている様子で止まってしまう。口からは知らぬうちにはぁとため息が漏れてしまった。その事実が一つ一つ眉間に皺を作ってしまう。その事実が嫌で仕方なかった。




「あぁ。するぞ?」


笑顔でそう答えたのは豪炎寺だった。やっと退院した夕香ちゃんとやるのだとたいそう楽しげに話している。その事実がちくちくと胸の辺りを刺激している。その理由はわかっていた。だけどあえてそれに蓋をしたのは思ったところで仕方ないことだからだ。豪炎寺と俺は違うんだ。同じ妹を持つ兄として良く気持ちが通ずることはあるが所詮すべてが一緒な訳ではない。だからこそ、その話が自分に回ってくることを俺は恐れていたんだと思う。


「せっかく三人で話すなら今日の練習メニューの見直しをしたいのだが」


そう感じ悪く話の腰を折ったのは残念ながら自分だった。





本来であればこんな言葉など例え恋のライバルだとしても投げ掛けたいものではなかった。ましてや、好きな子の目の前で相手をがっかりさせることくらい辛い事はないだろう。その両方が相まって気分はどん底を這っていた。さらさらと動いていたペンが再び止まってしまう。できることならすべてを投げ出してサッカーに打ち込みたい気分だった。




この家に来てからそれこそこういったイベントごとは苦手なものに変わっていた。別にひどく恥ずかしくなるような思い出があるわけではないのだが…あえて言うのなら、何もないことが苦手にさせる要因だったのだ。

俺の養父はとても多忙な人だ。子煩悩で俺にもすごく良くしてくれる。別に馴々しい訳でもなくだからと言って離れすぎる訳でもなくいつも丁度良い位置から俺を見ていて導いてくれる。父親としてしっかりと責任とやさしさを持っているそんなすばらしい人だ。ただ…そんな人だからこそ頼みごとをするのは苦手だった。

必要以上の欲しいものや、ゲームなど子供らしいものをねだったのはたぶん一度もないだろう。そんなものよりもいつも本や衣服など必要最小限の頼みごとしかしないようにしていたのだ。その中で一番苦手だったのは自分の所為で会社をお休みさせることだった。

イベントごとを予定するとき養父は必ずその日をお休みにして俺に付き合ってくれた。養父曰く、休むことを忘れがちな自分には丁度良いことなのだとそう言って笑っていたがそうじゃないのを自分は良く知っていた。養父はそのために大分前から予定を詰め必死にスケジュールを調節していることを知っていたのだ。だからこそ…

窓の外を見る。既に日が落ちて何時間か経つそこは闇で満たされ規則正しく風にゆれる木々を見るともなしにぼっとその木を見つめてしまっていた。だから正直驚いたのだ。見ていた窓の外に急にひょこっと知り合いの…しかも片思いの相手の顔が出てきて


「鬼道!開けてくれよ!」


といつもと変わらぬ声で窓越しに言いながらにっこりと笑ったのだった。





「…円堂…っ…一体どう言うことか説明してくれないか?…」


そう言葉を切りだせたのはその数分後のことだった。それも当然。大体俺の部屋の窓は普通の家より高い位置に設置されていて当然ながら円堂がひょいっと顔を出せる場所ではないのだ。その事実を知っているだけに俺は驚きに口をぱくぱくさせることしかできず、実は腕力だけで窓から顔を出していた円堂は耐え切れずにそのまま転げ落ちると言うエピソードが合ったために肝心の質問をするまでに時間がかかったのだった。幸いたいした怪我もなく最終的には玄関から入った円堂が自室のソファーで縮こまりながらぼそぼそと理由を答える


「……だってさ…鬼道…淋しそうだったから」


その言葉に絶句する。あの後特に節分の話に戻ることなく終始サッカーの話題で終わったあの時に淋しい顔など一度もした覚えはなかった。それなのにきっと一瞬だったはずの自分の表情というか雰囲気をとらえ、心配して家にまで来てくれた事実にどくんっと胸が高鳴る。

ダメだ。俺は一体何を考えているのだ

うれしさに暴走しそうになる思考を必死に鎮めながら円堂に向き合う。そうだ。確かに自分を心配してはくれているが円堂は俺と同じような気持ちから来てくれたわけじゃない。円堂の好きと俺の好きには間違いなく温度差があってその温度差が万が一ばれたら間違いなく無くなってしまうそういう関係なのだ。何度も脳内でそう唱えると暴走しそうな思考が漸く冷静さを取り戻す。


「……そうか…それは心配させてすまなかったな」


そうだ。これでいい。これでいいんだ。自分の中で納得していると急に円堂が肩からかけられたショルダーバックの中を漁りだす。何事かと視線を向けるとバックから出てきたものに再び絶句する


「だからさ!一緒に豆まきしようと思って持ってきたんだ。これなら、淋しくないだろ?」


にっこりといつもどおりの笑顔で明るく答えるその様にどくりと心臓は跳ね、折角押し込んで落ち着けたはずの思考が恥ずかしくも溢れだす。それを知ってか知らずか豆の袋を開けながら


「…へへ…鬼道はさもう少しわがまま言っても良いと思うぜ?」


真顔でそんなことを言いながら豆を取り出すと思いもよらず口にその豆を食べさせられ


「…でも…言えない性格も俺はわかってるつもりだから…来年も一緒に豆まきしような?」


笑いながらそんな未来の約束を取り付ける相手に愛しさを押し殺すことは当然できず口角があがってしまうのを感じながら甘くて固いそれをかりっと噛み締め、その淡い友情とそれ以上の気持ちが交わった青春の味をしっかりと噛み締めるのだった。


END

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