闇の末裔
□桜の樹の下には…。
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地上でも、桜の花が咲く季節がやってきた。その薄紅の花の見頃というのは、ほんの一時の事で。その儚さ故に日本人は、とりわけ桜の花を愛でるのかも知れない。
そんな事を思って夜桜を見上げていると、館の主が背後から声を掛けてきた。
「眠れませんか?」
そう言って隣に立った男は、闇夜の中で桜と共に、淡く発光しているような、白銀を纏っていた。
他人の庭を、夜中勝手に徘徊していたのを見咎められて、ばつが悪そうに答える
「…桜の花が、あまりに綺麗だったので。」
すると、主は微笑んで
「そうでしょう、桜の樹の下には死体が埋まっていますから。」
と答えた。
「梶井基次郎ですね。」
「ええ、此れは信じていいことなんですよ。」
主の笑顔と、桜の樹が重なる。
「この樹の下には、母が眠っていますから。」
ザザッ
一陣の風が吹き、花びらが舞う。
主と桜の樹が重なり、あまりにも幻想的で、言葉の意味がわからない…。
真意を得ようと、柔らかい光を放つ白銀を見つめていると、暖かいものが唇を塞いだ。
「ンン…。」
息苦しさに身じろぐと、主は唇を放し、耳元で囁いた。
「今、この樹の下で、貴方を抱きたい。」
「…。」
何も答えないのを、了承と取ったのか、冷たい指先が、服の下に触れる。
脇腹を掠め、胸の突起へ辿り着くと、執拗に悪戯を仕掛けてきた。
「あっ…!」
硬く敏感な突起を摘ままれ、声が上がる。このまま立っているのが辛くて、思わず背を預けた桜の樹に、爪を立てた。
爪に入った樹片が、妙に現実的で…。
躰は段々と火照っていくのに、頭はどこか醒めていた。
彼の狂気も、美しさも、桜が見せた一瞬の夢――。
私は夢に溺れていった。