闇の末裔
□解放
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「巽…。」
「た、つ、み!」
ベッドに横たわり、身動ぎ一つしないで昏昏と眠る様は、まるで人に非ざらぬモノを思わせて…。
思わず青白い頬を軽く叩いた。
「…ん、」
身動ぎ、眼を醒ましたその青い瞳は、焦点が合っておらず、宙を漂った。
巽は起き上がろうとしたが叶わず、亘理に腕を引いて貰ってやっと上半身を起こし、ベッドヘッドに凭れた。
「ずいぶんと弱ったなもんだな。」
「…。」
亘理の言葉に、自嘲気味に口元を緩める。
「邑輝の旦那は、アンタの事を待ってるで。」
巽は切なく瞳を潤ませた。
その何も見えていないだろう瞳に浮かぶのは、邑輝との幸せだった日々だろうか…。
思わず溢れてきた涙を隠すように、布団に潜ってしまった巽に、『案外可愛いトコあんやんけ』とニヤついてしまったが、額に脂汗を浮かべて気を失うようにそのまま寝入ってしまった巽は、大分具合が悪かったようで、無理をさせたかと後悔した。
ダンっ!
勢いよくドアが開いて、主が帰って来る。
「何しに来た!巽は渡さないっ!帰れ!」
「ごあいさつだなぁ、元同僚に冷たいんちゃうか。」
「帰れったら、帰れ!」
都筑の剣幕に怯む事なく、亘理は飄々とした態度を崩さない。
「巽の奴、もうほとんど眼見えてないで。」
「…」
「大分弱って、起きていられる時間も限られてる。」
「…。」
「この世界に存在すること自体無理なんや、もう耐えられなくなってきとる…、その内消えるで。」
「!」
「お前の力を解放させれば、済むことやろ?」
「分かってるーーっ!」
都筑が悲痛な叫びを上げる−−。
考えたくない、二人だけの蜜月に酔って忘れていたかった事実を、改めて口に出されてみれば、取り返しのつかないそう遠くない未来に、恐れおののいた。
亘理とて、どんなに残酷な事を言っているのか、知らない訳ではない。
だが、時は刻一刻と迫り、新たなステージが始まるのを待っているのだ。
この世界に居る限り−−お前の傍に居る限り−−、巽の’存在する熱量‘が失われていく。
「もういいだろう…。巽は、お前と供には逝けないんだ。」
「…っ。」
現実を突き付けられ、声を殺して涙を流す都筑に、慰めの抱擁すら自分には出来ない。この世界に居るだけで『自分の存在』は失われていく。
自分なら五分と居たくはないこの空間に、四六時中身を置く巽のただならぬ消耗を思った。
『もう、限界や…。』
亘理は、じっと都筑の心が落ち着くのを待った…。