闇の末裔
□青い炎
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誰かの為に、食事を作るのは愉しい。
それも喜んで食べてくれるなら、尚更。
つい作りすぎてしまって、テーブルいっぱいにのった料理に、邑輝は呆気にとられて言った。
「私の為に作って下るなんて、嬉しいですが、貴方、私を太らせたいんですか?」
口元を綻ばせ、意味ありげに視線をよこす。
「いえ、そういう訳では…。冷蔵庫の中を整理したかっただけです。無駄にしたら勿体無いでしょう?」
いかにも、‘秘書殿’が言いそうな返事を返すと、そうですか、それは残念。と愉しそうに返してきた。
その余裕綽々とした態度を見ていると、なんとなく、落ち着かない。
「馬鹿な事言ってないで、早く食べちゃって下さい。片付かないでしょう!」
そんな心の内を払拭するかのように、先を急かす。
テーブルに着いて、向かい合って箸を進める。邑輝の豊富な話題と、ウィットに富んだ話術が、食事をより愉しいものにしてくれる。
時折訪れる沈黙に、巽は気付かれないように、邑輝の表情を盗み見た。
思いの外、長い睫。眼を伏せた影が、然もすればキツイと感じられる色素の薄い瞳を和らげている。
通った鼻筋…。
蜜桃の唇。少し開いた先に舌の動きを見てとって…。
‘ドキン’
!!
巽は、突然沸き上がってきた感情に動揺した。
「巽さん、どうかしましたか?」
「いえ、なんでもありません。」
巽は邑輝の言葉を遮断するように、食事に専念するように努めた。
‘未だ十王庁からは、何も言ってこない’
邑輝の回復は順調で、ベッドから起きている時間も増えた。
少しづつでも、身体を動かしたいから、という邑輝に、さて、どうしたものかと思案する。
結界の外に出すのには、まだ早いような気がした。肉体的にも、邑輝一貴という人間性をみても、不安があった。
「それなら、家事を手伝わせて下さい。私への献身的な看護のお礼です。」
「献身的ではありません、義務です。お間いないように。ああ、でもいいですね、では部屋の掃除でもしていただきましょうか。真面目にやると結構な重労働になりますよ。」
「どうかしましたか?巽さん。」
頭に手拭いを巻き、割烹着を着けた姿でにっこり微笑まれて、クラクラする…。
‘なんて似合わないんだろう’
どれも、巽が普段掃除をするときに使っているものなのに。
巽も同じように、身仕度を整えて腕捲りをした。
「さあ、始めましょうか!」
「あの後は大変でしたよ。」
大袈裟なため息をついてみせる。
雑巾の絞り方から、掃除のイロハをまるで知らない邑輝に、親切丁寧に一つづつ教えていかなければならなかった。
一度言っただけで、そつなくこなす邑輝は流石だったが(何処ぞの鳥頭とは大違いだ)、
その貴族然とした男を家事でこき使う事に抵抗を覚えて、巽は邑輝とホテルのジムに通う事にした。
ある日ジムの帰りに、
邑輝が
‘以前通っていたんです’
という隠れ家的なショットバーに誘われ、暫し躊躇したが、身体を動かしたせいか警戒心が緩んで、
「少しなら」
と着いてきてしまった。
会話が弾み、グラスを重ね、アルコールがまわって心地よい疲労感が身体を包む。
気が緩んだ頃に、ふと洩らした巽の言葉だった。
巽の芝居じみたため息に、
「閻魔庁の秘書殿の指導は、噂に違わす手厳しいです。」
と、此方も芝居気たっぷりに、両手を上げて応える。
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どちらともなく、笑いが込み上げてきて、二人して顔を見合わせて笑ってしまった。