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□息が止まるほど
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 手に、かすかな感触が残っている。肉を裂くような、鈍い感触。
 限は吐気と共にほとばしる自らの悲鳴を遠くで聞きながら、焼けるように痛む体を掻き抱いた。

「ぅぁ………あぁあ……っ」
「―――げんっ、――限!?」
 頬を冷たい手で叩かれ、うっすら目を開ける。健康的に日焼けした顔がすぐ側にあり、安堵の息を漏らした。
「あ………、」
「大丈夫?」
 アトラが気遣うように限を抱き起こす。限は短く息を飲むと、彼女の手をふりほどいて壁の方へ跳んだ。
「……ょ、寄るなぁっ」
「限、こっちにおいで」
 ぎりりと睨み上げながら叫ぶ限に構わずアトラは手を差し出す。限は首を激しく横に振った。
「大丈夫、あたしはあんたにやられるほどヤワじゃないから」
「……ゃっ、寄るなぁ………っ」
「いいからっ。限、来な!」
 カッと見開かれた瞳孔に射すくめられ、限は小さく悲鳴を上げる。木の棒のように直立した。動こうにも体が鉛のように重い。息が詰まって眩暈がした。
「あらら、ちょっと効きすぎね」
 アトラが驚いたような、呆れたような声をあげて限を見つめる。一瞬前に限に命じたときとは全く異なった、慈悲に満ちた表情だった。
「君は純粋なんだね。ゆっくり深呼吸をしてごらん」
 アトラは優しく言い、限の頭を抱き締めた。甘いような、あたたかい匂いが鼻孔を擽る。


―――ねえちゃんのにおいだ


 限はゆるゆると瞼を下ろした。
「辛いことは、覚えていようとしなくていいの。どうせ忘れられないんだから」
 アトラの声が耳朶にとどまって反響する。よく姉に慰められた時のように頭を軽く撫でられて、なんだか懐かしい心地になった。
「大丈夫。君は化け物なんかじゃないよ」
 それからアトラは、大丈夫、大丈夫と繰り返し呟く。その声を薄らいでいく意識の向こう側で聞きながら、限はごめんなさい、と小さく漏らした。






―――結。

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