S/W

□居遺り!
1ページ/4ページ



 あのさ、俺、最近ちょっと悩みがあるんだけど。

 高校時代からの悪友にそう切り出したのは、まだお互い酒に酔っていない段階のことだった。世辞にも品があるとは言えないこの居酒屋は、それでも俺達の行きつけだ。数ヶ月に一度飲む時は、大抵ここへ来る。真面目な話など頗る似合わない店内では、あちこちから笑い声が聞こえた。

 俺が切り出した相談は何と言うか、そう、苦渋の決断というやつだ。大して頼りにならないこいつに打ち明けるくらい、俺は困惑していたし、憔悴していたのである。

「何だ、彼女がいないことか」
「違うって! そんなん別に気にしてねーし」
「えっ、何お前熱でもあるんじゃないの? それとも遂に悟りの境地に……?!」
「そんなハズないだろ。なあ、真面目な話なんだって」
 予想通りの茶化すような反応に、語気を強めてやると、瑛佑(えいすけ)は渋々息をつく。それから、ジョッキのビールをぐいと煽った。
「仕方ないから聴いてやるよ。で、話とは何だね遼(はるか)くん」
 何やら腹立たしい口調ではあったが、この際気にしてはならないだろう。俺は微か声を低めて、この一月余り俺を当惑させている件を口にした。

「うちの職場にさ、どうやら『居る』らしいんだ」
「何が?」
「だから、……幽霊的なモノが」
「………………は?」

 俺に釣られて真顔を作っていた瑛佑が間の抜けた声を上げて俺を見る。その表情はまさに、呆れ返っていると言わんばかりのそれ。この反応は想定済みだったから、仕方ないと思う。逆に俺が瑛佑の立場であったら、等しく同様の反応を返していただろう。―――俺自身、今でも出来れば信じたくはない。
「前々から、子供達が誰もいないところに話しかけたり、笑ったりしているのは見ていたんだが、俺も『感じる』ようになってきたらしい」
「ちょっと待て。ソレなに、マジで言ってんの?」
「だから真面目な話だって言ってるだろ」
 淡々と答えれば、いよいよ瑛佑は眉間に皺を寄せる。こいつのこんな顔を見るのはいつ以来だろう、なんてことをのんびり考えた。
「お前にもソレが見えてるってこと? 霊感体質?」
「や、見えはしないし、生まれてこの方こんなことは一度もなかった。ただここ一ヶ月くらい、『あ、今そこに居るなあ』とか気配で感じるようになってきて」
「うわー……、俺そーゆーオカルト系無理」
「俺だって好きでこうなってるわけじゃねーっての」
 はー、と深い溜め息をついてジョッキの結露を指でなぞる。その冷たさは、例の「ソレ」を感じた時の背中が粟立つ感覚を彷彿とさせて、不快だ。

「……遼?」
「あ、悪い、」
 余程険しい顔をしていたのか、俺を覗き込む瑛佑は心配そうな表情を浮かべている。
「霊とか見えると体調悪くなったりするってよく聞くけど、そゆの大丈夫なのか?」
「んー、今のところ何ともない。ただ、ラップ音って言うの?―――あれが日に日に大きくなっていくのが気味悪い」
「うわー……」
 瑛佑が息を飲むが、困ったことに俺には如何ともしがたい。もっとも、何とか出来るなら始めから瑛佑などに相談していない。
 ふつと溜め息をつくと、俺の顔を眺めていたらしい瑛佑はもう一度ジョッキに口をつけてビールを飲み干した。その勢いのままにジョッキをテーブルの上に置くので、食器ががちゃりと鳴る。
「他でもない遼の頼みだ、俺が一肌脱ごう」
「わぁお、男前」
「もっと褒めて」
 瑛佑は今度は真顔のまま言う。第三者から見たら妙な会話だろうが、幸い、騒がしい店内で俺達を気にする者はいない。俺は褒める代わりに、と自分の目の前にあった唐揚げを一つ、瑛佑の取り皿の上に移動させた。

「一肌脱ぐって、具体的にはどうやって?」
「俺の友達に寺の息子がいてさー。そいつに聞いてみるよ」
「……流石」
 唐揚げをもぐもぐとやりながら、聞き取りにくい声で応えるこの悪友の広すぎる交友関係には脱帽せざるを得ない。伊達にお調子者やってないんだなあ、と感心すれば、その不穏な思考を察したのか、でこぴんを喰らった。
「何かあったら、すぐ連絡しろよ」
「何もないことを祈っておくよ」
 切実に。
 俺は明日からの勤務を思って、重い息を吐いた。











次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ