S/W

□勘違い
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「はぁー」
「んだよ、溜め息なんて。こっちのやる気が失せる」

 梓がついた溜め息に、東山(ひがしやま)は眉を潜めて顔をあげる。二人は先輩である松本良平、朝霞大翔と共に生徒会で定期考査に向けてのテスト勉強の最中だった。
「あたしがさー、どんなに仲良くなろうと思って努力してみても、とことん相性が悪いみたいで」
「…………は?」
 脈絡のない台詞に東山は盛大に顔をしかめて聞き返す。
「何か、まるきりあたしの片想いみたい」
「か………っ、」
 片想い、という言葉に異常反応したあとそれを反芻しかけ、東山はやおらまじまじと梓の顔を見つめた。

(片想いだって? こいつ好きなやつがいるのか?!)

「本当に泣けてくるよ、もう…………」
 目を見開いて相手が誰なのかを聞こうかどうかを葛藤している東山をよそに、梓は再び深い溜め息をついて問題集に顔を伏せた。―――まるで、涙を隠すかのように。
「み、水野………、」
 東山はおろおろと梓を覗き込む。こういう時に松本や生徒会長の春日井廉士がいればよいのだが、生憎と春日井は塾のためとっくの昔に下校しているし、松本は朝霞と共に職員室へ行ってしまっている。―――松本は気をきかせて席を外してくれているのだけれど。 それは嬉しいが今は一刻も早く戻って来てほしい、と東山は心から思った。

「あのさ、何つーか、元気出せよ? 俺でよかったら、相談乗るし!」
 しどろもどろになりながら言うが、梓が顔をあげる気配はない。

「……っ、そんな、」
 東山は梓の肩を掴む。え、とクラスメートは間の抜けた声をあげた。
「そんな、そいつのこと好きなのかよ……ッ!!!」
「東山…………?」
 梓は泣いていなかった。少し驚いたように東山を見つめかえす。目の下の隈が痛々しい。
「俺は………っ、」

「たっだいまー!…………って、あれ」
 快活な声と共に生徒会室のドアが勢いよく開け放たれる。
「……何やってんの?」
 英語の教科書を手にした松本と朝霞は、まるで梓に言い迫っているかのような東山に懐疑の目を向ける。
「あ……、これ、は……」
 東山が慌てて梓の肩から手を離す。
「秋羅(あきら)に何かされたのか、水野?」
「いいえ? というか、わたしにも何がなんだか」
 朝霞の安全確認に、水野は当惑しながら首をかしげた。
「じゃあ、これから何かする予定だった、と?」
「ちがいますっ! 俺はただ…………っ」
 下世話な想像を巡らせる松本に反論を試みた東山は、顔を赤くしてうつむいた。
「俺はただ?」
「ーーーっ、水野が好きなやつがいるって言うから、相談に乗ってやるって言ってただけで…………っ」
 東山の言葉に、「え?」と三つの聞き返す声が重なった。
「水野、好きなやついるのか?」
「え、えぇーっ?!」
「誰だ、一年か、二年か、三年か!?」
「ちょっ、ちょっと待って下さいよ!!!」
 左右からの質問攻めに遇った梓は、目を白黒させ、顔は東山に負けないくらい赤くして叫ぶ。
「ちょっと東山!? 何それあたしいつそんな話した!?」
「あ? ほんのついさっきまで片想いがどうのって言ってたばっかじゃねぇか!!!」
「片想い、…………って、それ数学のことでしょ?」
「はぁぁっ?!」
 梓が怪訝そうに東山に聞き返す。今度は東山の声が松本と朝霞の声に重なった。
「か、片想いが辛くて落ち込んでたんじゃねぇのか?」
「何それ? あたしは、どんなに努力しても数学だけどうしても分からないって話をしてたんだけど」
 勘違いやめてよね、と迷惑そうに梓は顔をしかめる。東山は呆気にとられてすっかり絶句してしまった。
「ふーん、何だ、つまらないな」
 本当につまらなさそうに松本が呟く。それから俺が教えてやろうか、と梓に笑顔を見せた。
「先輩がですか?」
「心底嫌そうな顔するね、お前は」
「そんなことないですけどぉー」
「じゃあ何、朝霞か東山に教えてもらう?」
 いつもなら話の引き合いに出されると即座に反応する東山は、口を開くことなく机に突っ伏した。
「何で俺なんだよ」
「…………自分でやります」
「お前も大概いい度胸してんな、水野」

 三人のやりとりをよそに疲れきった顔で、大きな溜め息を漏らす。
「なーんだ、焦って損した」
 小さな呟きが誰かに聞かれることは、なかった。








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