S/W

□君が奏でた午後の
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 屋敷の奥から聴こえてきた旋律に、自然足はそちらへ向かった。防音の施されていない、だけれど近隣の家からはもっとも遠い場所に位置するその部屋には、古びた蓄音機と、艶やかなグランドピアノがあるだけだ。
 彼が、そのピアノに向かっている姿を見るのは初めてだ。
 欧州人特有の白く長い指は滑らかに鍵盤の上をすべり、旋律に合わせて揺れる日の光と同じ色の髪は、きらきらとかがよう。昔覚えた楽譜を無理矢理思い出すように、少しだけ眉間に皺を寄せて瞑目する様は、妙に微笑ましい。

 彼が此方に気付いていないことを良いことに、壁にもたれて耳に馴染みのある(だけれど曲名は忘れてしまった、)その曲を聴いていた。



*



「リョウ、」
 ピアノの音色が止んだのと同時に拍手を送ってやると、サイプリスは僅かばかり照れたようにはにかんだ表情を見せた。
「ピアノを弾けるとは知らなかったな」
 うん、と微笑んだサイプリスは椅子から腰を浮かせた。
「若い頃に、入れ込んだ時期があってね。随分熱心にやったのだけれど、すっかり忘れてしまったよ」
「それにしては気持ち良さそうに弾いていたようだったが?」
「ふ、ふ。意地の悪いことを言うなあ」
 サイプリ
スは肩をすくめた。口角を持ち上げてやると、彼は睫毛を伏せて、また小さく笑声を溢す。
「次は君の為に弾くよ、リョウ。レパートリーが少ないから、残念ながらリクエストを受けることはできないけれど」
「ほう、それは楽しみだ」
 白いワイシャツの腕を捲り上げたサイプリスに、思わず表情が弛む。
 空気を震わす音は優しく、部屋中を満たした。





君が奏でた午後の
(いつまでも、聴いていた音色)







―――end....?






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