S/W

□懐疑論
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 君はいまこの窓の下を歩いている女性をどう思う。そう、この春流行りの大きな花とレエスの付いた帽子を被ったあの女性さ。
 魅力的で―――かわいらしくて―――清楚な感じがする? ほう、良いところの令嬢ではないか、と言うのが君の感想なのだね。実に君らしい、素直で分かりやすい答えだよ。
 うん? 僕かい? そうだな―――僕は彼女をそれほど美しいとも、魅力的だとも感じられないね。ああいった顔つきの女性はいつだって自分が可愛いのさ。
 ん、偏見だ、と? さて、それは君の判断を棚に置いて言える事かい?
 僕が何が言いたいかと、結論を出す前にだね、ハワード君。どうして僕と君の間に食い違いが起こるのだと思う? 価値観が違うから? それはごく一般的な答えではあるね、まったく君は僕の期待を悉く外さないのだなあ。
 そんな一般論じゃあつまらないよ。
 つまりね、君と僕は見ているものが違うと言う事なのだよ、君。僕が見ている女性と君が見ている女性、必ずしも同じ顔をしているとは限らないという事だ。

 え、意味が分からないって? ―――それじゃあね、具体的な話をしよう。僕はこの花の色を青だ、と言う。君も青だと認識しているだろう。だがね、僕の「青」はそもそも君の「赤」であるかも知れないだろう。逆を言えば、君の「赤」は僕の「青」かも知れない。僕も君も言葉の上では同じ青だと言うが、君の「青」は僕が言うところの「赤」であるかも知れないと言うことさ。
 分かった、分かったよ。まったく、君はすぐに結論を得ようとしたがるんだな。それは賢明なことではないよ、君。何、君に言わせれば僕の偏屈が悪いだって? 嗚呼、そうやって責任転嫁をすることも美しい行為とは言えないよ。
 ―――だからね、僕が見ている世界と君が見ている世界は全く違うと言うことを君は念頭に置くべきなのさ。いいや、僕と君だけではない。われわれ人間は、何人とも同じ世界を共有することは出来ないのだ。いつも言っているだろう? 人間の持つ能力、機能というモノを過信してはいけないと。人間の認識能力なんて、役に立たないモノの最たる例だよ。







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