S/W

□ちぐはぐな二人
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「せつな、電車止まってたんだって?」
「人身事故だったんでしょ? 災難だったなあ」
 昼過ぎに登校してきたせつなに、友人たちが次々と声をかけた。
 いつも明るいせつなは、常に友人たちの中心にいる。元気な声音はその場を盛り上げ、爽やかな笑顔は向けられた人をも笑顔にする。誰からも好かれる人間というのは、彼のような人間のことを言うんだと僕は常々思っている。
「やーびっくりしたけど、乗ろうと思ってた電車が実は遅刻ぎりぎりだったんだよね。結局まあ遅刻したけどやむを得ない事情だから怒られなかったし、ラッキーだったよ」
 苦笑いをしながら言うせつなの周囲がどっと湧く。
 せつなという人間は、いつもこんな調子なのだ。傍目から見たら災難としか思えないようなことも、すべてポジティブに脳内変換する。彼は不幸なんて感じたことがないんじゃないかと、誰かが言っていたのを聞いたことがある。

「ケイちゃん」

 僕が声をかけると、彼はぱっと顔を上げて席を立つ。

「せつなぁ、どこいくのー?」
「オレまだ、昼ご飯食ってねーの。ちょっと行ってくんね」

 せつながクラスを出るときには、皆がいってらっしゃい、と手を振る。大層な人気だ。



 僕とせつなは、いつも屋上で昼ご飯を食べる。二人で。クラスにまだあまり馴染めていない僕を案じているわけではない。こうするのが入学当初からの暗黙の了解になっているからだ。
「おっ、コロッケパンだぁ。よく手に入ったねぇ。ラッキーじゃん、マグ」
 一口食べる?とせつなが人気のコロッケパンを差し出す。僕は小さく首を振った。
「僕はいい。さっき食べたし」
「また『僕』って言ってる。マグちゃん、女の子でしょお」
 僕が「僕」という一人称を使うと、一日に一度はご丁寧に突っ込みをいれてくれる。もちろん改める気はないので、気にせず流す。せつなはそれも知っていて言うのだから、これはある種の挨拶のようなものだ。

「……事故に遭ったって聞いて、まさかケイちゃんが、って思った」
「心配かけてごめんね。でもほら、さっきも言ってたけど今日はラッキーだったよ」
「ケイちゃんはいつでも幸せそうだね」
「そーいうマグはいっつも不幸そうだ」

 さらりと酷いことを言ってくれる。まあ、これもいつものことだけれど。僕たちはこうやって、「いつも」の積み重ねの上で生きている。

「幸せだよ、マグと一緒にいれて。いっそこのまま、死んでしまいたいくらい」

 せつなは、自殺志願者だ。ひたすらに前向きな彼は、何よりを幸せを愛している。幸せなまま、死にたいと言う。いつも。きっと彼は不幸が怖いんだろう。自分が何物かに脅かされているという感覚を恐れているんだと思う。ポジティブシンキングに徹するのも、自殺志願も、その顕れだ―――僕は昔から、そう解釈していた。

「……まーぐ。マグちゃーん? おーい、御咲ってば」
 黙り込んだ僕の顔を覗いて、せつなは苦笑している。
「……僕は、ケイちゃんがいなきゃ生きていけない」
「ん。ごめんね、」
 せつなが心の闇を見せるのはごく僅かな人間に対してのみだ。それだけ僕が彼に近しい存在であることは十分に理解っているし、嬉しく思う。それでも僕には、彼がいてくれなくては困る。自殺のことなんて、考えないで欲しい。

「オレって、ほんとに幸せだわ」

 人の気も知らないで、満足げにそう呟くせつなが、何だかとても憎たらしかった。






ちぐはぐな二人
【Side.Mg】










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