S/W

□それでも幸せだったから
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 昔のことを思い出そう。私がこの国に居を構え、彼と出逢った時のことだ。もう、半世紀以上も前のことである。

 空が抜けるように高く、緑が生を謳歌し、風までもが優しく歌う昼下がり、彼と出逢った。彼の診療所の庭で。
 彼を我が館に招いて、共にティータイムを過ごした。
 彼に日本語を教えてもらった。
 彼の仕事を手伝うようになった。
 彼は私の病気のことを知ったが、愚かにも、私の力になりたいと言ってくれた。
 彼が私の館に住むようになった。
 彼と初めて共に、写真を撮った。
 雨が降りしきる六月、私は町の者に襲われて、死んだ。
 目が醒めたとき、私は化け物になっていた。彼は泣いていた。
 彼を殺した。私は自分のこともまた殺したかったけれど、死ぬことは出来なかった。
 彼を呪った。
 私を殺した者たちを、殺した。


 思い返してみればみるほど、ろくなことが浮かんでこない。何度やってみても。そうと知っているくせに、私は毎日飽きずに回顧を繰り返す。


 彼は尊大な男だった。
 彼は口が悪かった。
 彼は愚かな男だった。








それでも、幸せだったから




 私は何度でも、思い出してしまう。
 誰よりも、何よりも優しい彼と暮らした、あの日々を。









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