S/W

□Platonic Love
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 いつも通りの淡々とした手紙を読みながら、この間深夜に酔った勢いで床の上に押し倒したことを思い出した。
 彼女は目の色一つ変えずに僕を見据えて、君はまだ未熟だね、と嘲笑った。それが強がりではないことは明らかだ。なぜなら僕たちの間には、確固たる優劣関係が存在している。彼女は続けてこうも言った。
「欲情は魂を堕とすよ。ボクは、ボク自身と君の魂が埋没していくことを見過ごすことは出来ない」
 大学で哲学を専攻している彼女は、ことプラトン諸派に傾倒している。近頃はネオプラトニズムにも手を伸ばしているのだといつだったか手紙に書いていた。
―――手紙。そう手紙が、僕と彼女とを繋ぐ最高レヴェルでの愛情表現なのだ。考えられるだろうか、この現代、恋人という関係に至ってから一年以上経つ男女が、未だに手を繋ぐことさえしていないという事態が。無論僕のプラン上はそんなものは付き合って(遅くとも)三日目には済ませるはずだったのだ。しかし僕の試みは尽く彼女によって袖にされ、現在に至るのである。手紙によって、或いは彼女の機嫌が良い時には口頭で愛の言葉は囁かれるので恋人関係にあることは間違いがない。
 精神的な触れ合いのみが許された彼女に、僕は自分自身よく今まで耐えることが出来ると思う。否、出来ていたと思う。我慢の限界を超えたあの夜、僕は彼女を押し倒してしまったのだから。
 そもそもこの御時世、プラトニック・ラブなんて言葉さえ死語だ。彼女だって僕と同じく現代の人間、しかも同年齢であるのに、何故ああも精神的な愛に拘泥するのか。
 僕は終ぞ忘れたことのない疑念を彼女の顔を見下ろしたままぶつけた。その折の口調がしどろもどろだったのは思い返すだに情けないことだ。彼女は少し驚いたように、そして呆れたように息をついて、冷たくも言い放つ。
「それがボクのアイデンティティだ。君が受け入れられないというのなら、ボクと君ははじめから相容れない人間なのだろう」
 それは、彼女の口から紡がれた初めての拒絶だった。
「ロマンチック・ラブをしたいのならボク以外の女の子をつかまえるといい。残念だが、ボクには君を悦ばせることはできないよ」
 彼女が怒っている。その姿を見ることもまた、初めてだった。

 結局僕が平謝りしたことで赦され、無事彼女から手紙がくるようになった。内容は次のデートを楽しみにしている、というものだ%8
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